大人の考える技術

若林計志が経営・MBAのフレームワークやマネジメント理論を応用しながら、ビジネス・社会問題を考察します

【組織の法則】プロローグ:ハッピーな組織を作るための必須知識 グレイナーの5段階企業成長モデル

「部門間で対立している」「中間管理職が板挟みになっている」「優秀な人材が社内で腐っている」など、会社を巡る様々な現象について

 

「この問題って、どこの会社でも起こっているのでは」

 

と、ふと感じたことはないでしょうか。私たちは個人個人が好き勝手に生きているようでいて、集団レベル(マクロ)で見ると、驚くほど典型的な行動パターンを繰り返してながら生きています

 

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物理に法則があるように、会社組織が成長していくプロセスには、学術的に解明されているほぼ普遍のパターン(法則)があります。

 

もちろん、科学実験のように100%の再現性を保証するものではありませんが、70−80%ぐらいのゆるいパターンは十分説明できます。

 

この会社成長のパターンは、専門的には

 

「組織ライフサイクル(Corporate/Organizational Life Cycle)」

 

と呼ばれますが、それをあらかじめ知っておけば、成長の道のりにある障害に対して十分な準備ができ、典型的な”落とし穴”を避けて通る事さえできます。

 

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(「企業成長の“フシ”をどう乗り切るか 原題:Evolution and Revolution as Organizations Grow」 by Dr. Larry Grainer *詳細は後述します。)

 

会社組織は成長の過程で、典型的なフシ=対立を乗り越える必要があります。例えば、社長の「個人商店」から、「会社」へと脱皮していく際には、組織変革に伴う対立を乗り越える必要があります。もし、それをしないで突き進むと、いづれ組織が分裂する、大量の退職者が出るといった危機に”必ず”見舞われます。

 

また派閥ができてドロドロした社内政治がはじまったり、会議でお互いに干渉されたくない雰囲気が漂いはじめ、各部門による「西部戦線異常なし」的な、表面的な"報告会"になるタイミングにも、明確なパターンがあります。

 

dragon.jpgいずれにしろ組織成長の過程で、その中にいる人々は知らず知らずのうち独特の「空気」に支配され、ある種の集団心理に陥ります。

 

そして組織システム自体が意志を持った生き物のように動き始め、システムを信頼し、そのルールに従うものに褒美を与える一方、その行く手は阻むものを容赦なく排除します。

 

これを西條剛央氏(早稲田大学客員准教授)は次のように描いています。

 

怪物と化した組織では、人はひとりの人間である前に”組織人”という名の僕(しもべ)となり、本質は失われ、誰がどう考えてもおかしい理不尽がまかり通ることになる」(西條剛央「チームの力 構造構成主義による”新”組織論」)

 

組織は大きくなるほど「公正」や「正義」よりも、「政治力」や「権力」の影響力が大きくなるのが普通です。だからこそ、組織成長のプロセスで起こる独特の集団心理と、それに伴っておこる典型的な問題(対立)を事前に知っておく事が、典型的な落とし穴を避け、良い組織をデザインするのに役立つのです。

 


今回紹介する「組織成長モデル(組織ライフサイクル理論)」に私が出会ったのは20代の頃でした。しかし当初はピンと来なかったというのが正直なところです。

 

ところが入社時に10人程度のスタートアップ企業だった会社が、IPOを目指して一気に成長し、上場企業となっていくプロセスのなかで、当事者として否応なく様々なイベントにリアルに直面することになりました

 

その中にはもちろんプラスの経験もありましたが、それ以上に人間の本性を見せつけられるような様々なシーンがありました。

 

成長の過程でスタートアップっぽい社風が一気に薄れていく中で、尊敬していた先輩や同僚が、怒りと涙で会社を去っていく姿を何度も見送りました。

 

そして、再度この理論に行き着きました。

 

furuhon.jpgその後、大学院事務局長として、社会人学生の様々な悩み(転職など)を聞いたり、その後のコンサルティング活動を通じていろいろな会社の状況に向き合うなかで、組織成長論が「予言の書」でも見ているように、正確に身の回りで起こっている状況を言い当てていることに気づいたのです。

 

たとえば組織には、

 

「当事者意識を持って」

「全社一丸となって」

「顧客志向で」

 

といったスローガンでは解決できない問題が起こります。

 

もし「顧客志向」を知らないから「顧客志向」が実現できていないのであれば、スローガンを繰り返したり、やり方を指導すれば問題は解決するでしょう。

 

しかし問題はそんなに単純ではありません。「顧客志向で仕事をしようとしてもできない」というジレンマに本質的問題があるケースがほとんどなのです。

 

そしてそのような問題を引き起こしているのが、組織成長の過程で発生する歯車の「ズレ」です。

 

その「ズレ」を修正せずに、各人が合理的に行動した結果が、同僚や部下への嫉妬やうつを引き起こしたり、パワハラや報復人事といったブラックな行動に人を駆り立ているのです。

 

したがって

 

「人のせい」にしている限りは問題は解決しません。

 

もちろん私も当事者として苦しんだ経験があるので、許せない人がいたり、非難したい気持ちもよく分かります。ただあえて性善説に立ち、生態学者のようにマクロな視点から

 

「人を特定の思考パタ—ンや行動に駆り立てている何らかのメカニズム(仕組み)が背後にあるのではないか」

 

と客観的に考えるほうが有益です。(自分も相手と同じレベルで問題を見ている限りは思考停止しているのと同じだからです)

 

もし「仕組み」が見えれば、成功している優良企業が、いかに理念と組織マネジメントを一致させ、”大企業病”と揶揄される組織の「老化」(硬直化)を防いでいるのかも分かるようになりますし、

 

・立派な理念や戦略を作ったら、組織はうまく動くというのは幻想にすぎないこと

 

・いわゆる「組織の論理」が生まれる理由

 

・「風通しの良い会社」と「風通しの悪い会社」の差を生み出す要因

 

などについても、その理由がクリアに分かります。

 

本来、会社とは多くの人々にとって人生の大半の時間を過ごすハッピーな場所であるべきだと私は信じています。

 

ところが、会社の規模や売上と、そこで働く社員の充実感や幸福度は必ずしも一致しません。むしろ反比例している事例の方が多いような気さえします。

 

例えば、大企業におけるメンタルヘルスの問題は年々シリアスさを増しており、「心の病により1カ月以上会社を休んでいる従業員がいる」企業の割合は、2009年ではすでに「70.0%」という結果になっています。2018年以降は、一定以上の規模の会社ではほぼ100%に近いと考えて間違いないでしょう。

 

これはほんの一例ですが、典型的な組織成長のパターンとその光と影の部分に向き合い、そしてそのパターンを引き起こしている基本構造を知る事は、ハッピーな組織を作るための必須知識であり、組織をあるべき方向に導こうとする人々にとって必要不可欠な知識なのです

 

● 会社の成長にはパターンがある(成長の5段階)

 

経営学者のP.ドラッカーは、企業成長について

 

マネジメントの階層が増えるごとに、組織は硬直性を増す。階層の一つひとつが意思決定を遅らせる。情報理論の法則によれば、情報量は、情報の中継地点つまり階層の数が一つ増えるごとに半減し、雑音は倍になる」(「マネジメントフロンティア」)

 

といいます。この階層が増えていくプロセスで組織に起こる共通の現象について解説した論文に「企業成長の“フシ”をどう乗り切るか」(Evolution and Revolution as Organizations Grow)」があります。

 

この論文の著者であり、ハーバードビジネススクール教授だったラリー・グレイナー博士 (Dr.Larry Greiner:現在は南カリフォルニア大学/USC教授)は、企業成長には5段階があると説明しています。

 

すでに発表から40年が経過している論文ですが、その輝きはまったく失われていません。それどころが、企業の寿命がどんどん短くなっていると言われる今日では、そのパターンがかえって鮮明に見える気さえします。

 

数回に渡り、この企業成長パターンと、その根底にあるマネジメントコントロール(*解説)の関係について詳細に考察しますが、これらを知っておく事で、

 

1)自分の会社が大体どのあたりの成長ステージにいて

2)将来どんな問題が起こるか

3)そしてどうすればその問題を速やかに解決できるのか

 

が正確に予想できるようになります。

 

経営者にとっては、自社をセルフチェックする際のツールとして活用でき、スタートアップ(ベンチャー)経営者にとっては組織を作る上で、将来起こりえるトラブルに備えることができます。

 

チーム単位でも、基本的には同じ成長プロセスをたどりますので、プロジェクトマネージャーの方にも十分参考になります。(*プロジェクトマネジメントにおけるチーム成長段階は「タックマンモデル」として知られています)

 

また、出世を目指したり、組織変革を志す人にとっては、そのプロセスでどこから矢が飛んでくるかが予想できます。(第3段階で詳しくご紹介します)

 

もちろん実際の会社では、いろいろな例外や、発生する問題の程度にも差もありますので、あくまで大局的な流れとしてみていただくと良いと思います。(もしここに書かれているような問題が起こっていないとしたら、それはマネジメントが素晴らしい仕事をしている証拠です。)

 

グレイナー博士によれば、1つのステージから、次のステージに上がる際には、必ず「革命」の危機が訪れます。その革命の危機をうまく乗り越えられれば次のステージに進め、失敗すれば成長がストップするか、事業に失敗してしまう事になります。

 

▼成長の5段階

第1段階:創造性による成長とリーダーシップの危機

 ーGrowth Through Creativity

第2段階:指揮による成長と自主性の危機

 ーGrowth Through Direction

第3段階:権限委譲による成長とコントロールの危機

 ーGrowth Through Delegation

第4段階:調整による成長と形式主義の危機

 ーGrowth Through Coordination and Monitoring

第5段階:協働による成長と新たな危機

 ーGrowth Through Collaboration

 

実際には、ほとんどの企業がそれらの危機を乗り越えられずに、第2−3ステージあたりで足踏みしている状態です。成長のステージを図式化すると次のようになります。

 

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(Larry Grainer 「企業成長の“フシ”をどう乗り切るか 原題:Evolution and Revolution as Organizations Grow」 )

 

拙著「MBA流 チームが勝手に結果を出す仕組み」でも簡単に説明していますが、次回よりグレイナー博士の論文をベースにそれぞれの成長ステージを詳しく見ていきましょう。

 

下記より各段階の特徴を順番にお読みいただくと、きっと「なるほど」と思っていただけるはずです。

 

◎NEXT→ 第1段階:ゼロからイチをつくる

flowone.hatenablog.com


成長の5段階プロローグ:基本解説はこちら

第1段階:ゼロからイチをつくる

第2段階:家業から企業への脱皮

第3段階:宦官と武闘派の戦い

第4段階部分最適化とイノベーションのジレンマ

第5段階:新しい組織のかたち 


<参考文献>

・「職場の問題にどのくらい首を突っ込むべきか」(PRESIDENT 2014年2月3日号)

 

・Larry Grainer「企業成長の“フシ”をどう乗り切るか」(Evolution and Revolution as Organizations Grow)」