大人の考える技術

若林計志が経営・MBAのフレームワークやマネジメント理論を応用しながら、ビジネス・社会問題を考察します

第2段階:家業から企業への脱皮(組織の法則:会社成長の5段階説)

社長自身のリーダーシップに加え、何人かの実務マネージャー(いわゆるNo.2)に支えられることで、会社は成長のきっかけを掴みます。会社が小さい頃はそれぞれの社員が一人何役もこなしますが、この頃から、だんだんと営業部、経理部、総務部といった役割分担が行われるようになります。

 社内ルールが徐々に整備されて効率化する一方で、社員の活動は与えられた役割に限定されるようになります。ただしルールはまだまだ不完全なために、現場はさらなる改善を求めますが、成長につれてそれらのすべてを受け入れる余裕はなくなっていきます。


<このステージの特徴>

・ 部長や課長といった役職に基づくピラミッド型の階層構造が生まれる

・ 上下関係ができ、コミュニケーションがフォーマルになる

・ 公式な会計制度や評価制度が整備される


 

<コンフリクト:自主の危機> 

意思決定は引き続き社長がトップダウンで行っており、それを数人の上位マネージャー(幹部)が実務に落とし込む役割を果たします。 その一方で、現場の最前線で経験を積んでいる社員たちは、上位のマネージャーよりも生々しく、そして最新の知識を持つようになるため、現場のニーズに合わせて臨機応変に行動していいのか、ルールや上からの指示に従うべきなのか迷いはじめます。

 

・ 幹部自身もまだプレーヤーとして働いており、権限委譲する事に慣れていない一方で、現場に近いスタッフも、まだこの段階では自分で意思決定する十分な力がありません。

 

 ・ うまく現場への権限委譲に成功すれば次のステージに進めます。

 

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<マネジメントコントロールの視点>

・ 組織がだんだんとフォーマルになり、様々な効率化が図られます。

・フラットを標榜する会社であっても、社員が社長の口から直接ミッションやビジョンを聞く事はだんだんと少なくなります。同時に社長と直接コミュケーションできる上位マネージャーのパワーが拡大します。ここに大きな落とし穴が潜んでいます。

 

キツネ

一橋大学教授の沼上幹氏は著書『組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために』で「キツネの権力」という現象を紹介しています。これは一般社員が社長と直接コンタクトをとりにくい分、メッセンジャーの役割を負った社長の側近(上層部)が、

 

「社長はそういうアイデアを認めないはずだ」

「私が社長に伝えておく(迷惑だから直接相談しないように)」

 

コミュニケーションをコントロール(牛耳る)するようになり、だんだんと権力を握っていく現象です

 

結果として現場を離れた社長は、徐々に側近が挙げてくる情報を鵜呑みにするというコントロールの逆転現象(虜の関係)が発生やすくなります

 

この状態が悪い方向にエスカレートすると、社長はだんだんと

 

「裸の王様」

 

になっていきます。

 

同時にNo.2や側近の中には、社員や取引先がチヤホヤしてくれようになるので「自分は社長より偉いのではないか」、また「何をやっても許されるのではないか」と考える輩が出てきます。

 

ポジションによって「権限」を手にいれた彼らがその力に溺れ、上から目線で尊大な態度を取ったり、パワハラ行為などのダークサイド(暗黒面)に落ちるのにはそれほど時間はかかりません。

 

後々になって信頼していた側近が陰で不正経理を行っていた事を知ったり、集団離反したり、会社の乗っ取りを画策するといったケースは、ほとんどこのパターンです。

 

・ただし社長の声は、まだ全員に届く範囲にあり、「個人商店」と「会社」の間を揺れ動く微妙な状態が続きます。

 

・ 階層組織の中で上下関係ができ、上位マネージャーほど成果ベースで評価されるようになります。

 


●”5”の壁

経営コンサルタントの坂本桂一氏によれば、企業には

 

「創業5年」

「年商5億円」

「従業員50人」

 

の、いづれかの壁があります。坂本氏はアドビ社の日本法人アドビシステムズ(当時社名アルダス)やウェブマネーなど数十社を創業し、そのうち数社を年商数百億円に育てた経験から、この法則を見いだしたと言います。

 

多少の誤差はありますが、似たようなタイミングで壁が現れると多くの経験者が語るのは、このあたりがマネジメントシステムの大きな転換点だからです。

 

特に創業者が「カリスマ」と呼ばれるような人物である場合、社内で「教祖と信者」のような関係性が築かれ、フォーマルなマネジメントシステムを構築しなくても、周りの人が社長の命令を遂行する事にある種の快感を感じてくれることで、勝手に働いてくれることもあります。

 

たとえば、松下幸之助時代の松下電器(現パナソニック)において、従業員や販売店の人が最も喜んだのは、ボーナスより何より、「経営の神様」である幸之助さんに褒められる事だったといいます。

 

つまり、金銭的な報酬より「社長に褒められたい」「カリスマに認められたい」という「内的報酬」が圧倒的に大きく、それで組織がまとまっていたのです。

 

また社長の営業力(トップセールスだけで、数十億の売り上げを達成する事もあります。(特殊な技術を持っている場合なども同様です。)

 

もちろんそれはそれで重要なのですが、それだけではなかなか会社は個人商店以上に成長できません。また社長が全ての社員を把握して指示を出すのもこのあたりで限界に達します。

 

にもかからわらず、強引に組織を拡大しようとすると、ほころびが出てきます。ちょうどボロ自動車が一気にアクセルをふかしてバラバラになるような感じで、”5の壁”あたりで、社内の実力者が退職したり、ミスが連発して売り上げが落ちるなど、同じような状況を行ったり来たりするのです。これは明らかにネジメントの仕掛け(システム)のアップデートが必要であるサインです。

 

ただし、この仕掛けづくりは、社長がいなくても自律的にまわる会社づくりの動きでもあるため、我が子のように育ててきた「会社」から”子離れ”できない社長にとっては、会社から自分を排除する危険な動きに見えます。そのため、その怒りを買わないように、誰も「仕掛けづくり」に手を付けられないケースがよくあります。

 

またNo.2が切れ者すぎると、社長が寝首を搔かれることを恐れたり、嫉妬して追放したりするようなことも起こります

 

実際に右腕として採用した役員が、社長に「勝とう」として粛清されるのはベンチャーではよくある光景です。

 

このあたりに「第2段階から第3段階」へ、そして「ワンマン経営から”企業”」へと脱皮するための登竜門があるのです。

 

●ミッションと同床異夢

”5の壁”を乗り越えるために、絶対に必要なのが明確なミッションの設定です。

 

本来会社のミッションやビジョンは、創業と同時に作られるべきものですが、実際には多くの会社が最初から明確なミッションを持っている訳ではありません。(もしくは日々の業務に追われてそれほど重要視されていない場合がほとんどです。)

 

実際、町の電気屋クリーニング屋を見れば、ミッションうんぬんの前に、自分がちゃんと食べていける(つぶれない)、ローンを返済しながら家族を養うだけで精一杯というところが大多数です。(その中から、ヤマダ電機ユニクロのような会社が出てくるのですが)この段階では「サバイバル」そのものがミッションなのです。

 

商店街

 また、ちょっとしたアイデアを事業化したら思った以上に大ブレークしたというケースもたくさんあります。

 

例えば、女性に大人気の料理学校「ABCクッキング」は、「世界に笑顔あふれる食卓を」という素晴らしい企業理念を掲げています。ただ、その歴史は創業者の横井氏が若い頃に、静岡で職を転々とする中で、たまたま10万円以上する高額食器セットを売るコミッション販売ビジネスと出会った所からはじまっています。

 

あくまで高級食器セットを売るために、自分で作った簡単な料理を盛りつけて実演販売していたのですが、当時お客さんと下記のようなやりとりがあったそうです。

 

客「食器も素敵だけど、料理がおいしそう。つくり方を教えてほしい」

横井「僕の料理は自炊レベル。藤枝駅周辺に料理教室がいくつもあるから、そこで習えば?」

客「玉ねぎもむけない私みたいな料理ベタが行っても覚えられない。あそこは料理好きの主婦がレパートリーを増やしに行くところ(なの)」

 

そこでお客さんに料理を教えたところ口コミで広がり、それが「ABCクッキングスタジオ」の原型になるのです。決して立派なミッションが先にあったのではなく、成長するために、後から必然的にミッションを作ったのです。(第92回 株式会社ABC Cooking Studio 横井啓之3

 

●ミッションを作る意味

 では、なぜミッション設定が成長に必要なのでしょうか?それには大きく3つの理由があります。

 

1)会社の存在意義を明確にする

2)会社がバラバラになるのを防ぐ

3)社長がボトルネックにならないようにする

 

順番を追って説明します。

 

1)会社の存在意義を明確にする

会社が小さいうちは、人材を選り好みしている余裕はあまりないため、どうしても寄せ集め的な状態になりがちです。ただ、みんな「食っていく」「会社を潰さない」という切実かつ明確な目的のために、わざわざ大袈裟なミッションを作らなくてもなんとかなるのですが、だんだん会社が大きくなるにつれて、思惑の違いが明確になってきます。

 

もっといえば、人間の本性が出てくるのです。

 

基本的に各社員が持つ趣向は大きく下記の3つに分類されます。

 

・「イノベーション型」

・「おもてなし型」

・「効率重視型」

 

上記を言い換えれば、会社には「とにかく世界を変えるイノベーティブな製品(サービス)を作りたい」と思っている人と、「徹底的に顧客のニーズにあった製品(サービス)を提供したい」と思っている人と、 「とにかく効率化してキャッシュを稼ぎたい」

イノベーションなど非効率だし、顧客に合わせていると効率が落ちる)と思っている人が存在しているということです。

 

これらの異なる嗜好を持っている人はお互いに仲が悪くなりがちで、しばしば社内のコンフリクトの原因になります。

 

典型的な例が、予算をできるだけ潤沢に使って先進的な研究を進めたいR&D部門と、予算をできるだけ絞りたい経理財務部門との対立です。

 

これらの思惑のズレが、成長に連れてだんだんと明確になってくるのです。

 

だからこそお互いがぶつかり合って会社がバラバラにならないよう、そしてこれから会社が目指していく方向にベースのところで共感できる人を選ぶために、上記の3つのバリュー(「イノベーション型」「おもてなし型」「効率重視型」)の優先順位を明確にし、「ミッション」(何のためにその仕事をやっているのか)を規定することが必要なのです。

 

余談になりますが、この3つの力というコンセプトはMIT教授だったM.トレーシーらが著書「ナンバーワン企業の法則(原題:The Discipline of Market Leaders)」で提唱されました。3つの力は、お互いにぶつかりやすいために、優先順位を明確に規定する必要があるのです。さらに、3つの力はそれぞれが一定の基準レベルに達していないと、全体の足を引っ張ります(最高のおもてなしを提供する旅館なのに、予約システムがボロボロで、全体の評価が下がってしまうような状態です)

 

その後、この3つの力をコンセプトは、ハーバード大のRobert Anthonyらの「マネジメント・コントロールシステムズ」研究グループのメンバーであったキャプランノートンらによって体系化された「バランストスコアカード(BSC)」において採用されました。具体的にはBSCにおいて、

 

①財務(=効率)

②顧客(=おもてなし)

③業務プロセス(=効率)

④学習と成長(=イノベーション

 

という4つのKPIとして再定義され、お互いにバランスさせるものとして位置づけられています。

 

スライド08経営者は、この3つの力をバランスさせたミッションを達成するストーリーを物語り、従業員を巻き込みながら、自分自身がその一番の実践者になる必要があります(そうでなければ、みんなシラケてしまいまうか、”5の壁”を超えられません)

 

つまり経営者を喜ばせるためではなく、経営理念を実現するために働くというマインドチェンジが全員に求められます。

 

さらにミッションは、顧客に対しても「自分たち(自社)は何を約束する会社なのか=ブランド価値」を明確に伝えるメッセージにもなります。

 

実際、この段階でよく起こりがちなのが

 

育った社員が次々辞めていく

 

という悪循環です。元々ミッションに合わない社員が辞めていくのは問題ないとして、そうではない期待のエース社員が辞めてライバル会社に転職する、同業態で起業するといったことが次々と起こるのです。それはなぜでしょうか?

 

その理由は「経営者と一緒に達成したい将来の大きな夢(ビジョン)」と「現場のマネジメント」(実際に現場で行われていること)のズレが、良くも悪くも明白になるからです。

 

マネジメント体制が掲げているビジョンと乖離していたら、「言っている事と、やっている事が違う」ことに不満を持ち、社員は離れていくでしょう。例えば「顧客満足度No.1」をミッションに掲げている会社で、営業マンの人事評価が「売上高」のみだったら、社員が不満を持つのは当然です。つまり「バランス」していないのです。

 

逆にマネジメント体制がビジョンをしっかり反映したものだったら、必要以上に理念を強調しなくても、自然に社員は同じ思いになるのです*

 

2)会社がバラバラになるのを防ぐ

会社の規模が拡大してくると必然的に「役割分担」が行われます。ところが

 

「あなたの仕事はここからここまで」

 

とやってしまった瞬間から、自分の責任範囲外のことは全部「他人事」になってしまいます。一人何役もこなさなければならなかった時代の自然な一体感はだんだん失われ、他の人(部門)がどんな成果を上げようが、経費を使い込んで赤字を出そうが、所詮は

 

<自分には関係ないこと>

 

になってしまうのです。

 

だからこそ、ミッションで会社全体をくくり、バラバラになる力に対抗して組織の「空中崩壊」を防がなければならないのです。

 

3)社長がボトルネックにならないようにする

ミッションを決める3つ目の理由は、社長がすべてを判断できなくなるからです。

 

たとえば社内で意見が対立したとき、どちらかが勝てば禍根が残りますし、折衷案を採用したことで中途半端になってしまうこともあります。

 

実際、事業規模が拡大してお金が回りだすと、いろいろステークホルダー(利害関係者)が主張をはじめますので、だんだんと収拾がつかなくなってきます。そんなときは、責任者である経営者自身が現場に出てきて、最終判断した方が全員に納得感があるのです。

 

ところが会社の規模が拡大すると、そうも言っていられなくなります。社長がすべての業務に首を突っ込む事が出来なくなり、各社員が現場で自信を持って自分で判断できようにするためには

 

 

が必要になります。

 

それこそが「ミッションステートメント(経営理念)」なのです。

 

特にフラットな組織では、意思決定業務が社長に集中してしまうため、だんだん身動きが取れなくなってきます。

 

言い換えれば、社長の能力が成長の「ボトルネック」になってしまうのです。

 

そこで意思決定の「軸」を示し、各現場で判断できるようにすることで社長のキャパシティが解放することが可能になるのです。同時に意思決定のボトルネックを解消するために行われるのが、組織の階層化(ピラミッド化)ですが、これは冒頭でご紹介した「キツネの権力」を生み出したり、セクショナリズムに発展するなどの弊害を生み出しやすく、次の第3段階でさらに深刻化します。

 

●京セラがまだ若かった頃

 京セラ創業者の稲盛氏の場合は「松風工業」を飛び出して起業し、数年経った頃、若い従業員たちから「待遇を改善しないなら集団退職する」と詰め寄られています。そもそも稲盛氏自身は京セラを

 

稲盛和夫の技術を世に問う場」

 

と位置づけていたそうですが、三日三晩、社員たちと話し合って悩み抜き、自分の夢を実現するという目標だけでは限界があり、人はついてこない事を悟ります。

 

そして「会社はエンジニアである自分の夢を実現するためのものではなく、従業員とその家族の生活を守っていくことが目的」であり、そこから

 

「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」

 

という現在のミッションを見いだしています。(はじめから崇高なミッションあった訳ではなかったのです。)つまり自分たちが、仕事を通じてどこを目指し、何を達成しようとしているのかをはっきりさせることで、将来への道筋を表したのです。

 

別の言い方をすれば、京セラは

 

「稲盛さんが自分の夢を追うための私的な団体」でも「教祖・カリスマ稲盛和夫に気に入られようとする人があつまるファン倶楽部(信者の団体)」でもなく、それぞれの人が会社のミッションに共感し、その中で自己実現を追求するための会社に変わったのです。(ただしカリスマはやはりカリスマなので、知らぬ間に人に崇め祭り立てられる可能性が残ります

 

●暴走を食い止める手段

 ミッションを明確にせずに組織が急成長フェーズに入り、いきなりキャッシュがどんどん入るようになると「オレは偉い」「世の中ちょろい」と勘違いして態度が尊大になったり、エゴが前面に出て暴走する経営者が必ず出てきます。

 

お金が回っている限り、周りには注意してくれる人はおらず、逆にチヤホヤしてくれる人ばかりなので、この暴走をさらに加速させます。

 

ただ急拡大を図るために大量に社員を採用したり、基準を甘くしてパートナー企業を増やしたりすると、現場で問題が頻発し、お客様の期待を大きく裏切る結果にもなります。

 

ただし新規顧客がどんどん入って売上がアップしているうちは、「文句を言うお客なんかほっとけ」「やめるお客は追うな」とばかり、その声は軽視されがちで、誰もその経営者の判断に逆らえません。

 

しかしそんな時は長くは続きません。

 

組織や、商品/サービスレベルがその成長に追いつかなければ、だんだんとボロが出始めます。現場の最前線では、変質していく会社に不信感を持った社員や、良心の呵責(かしゃく)に苦しんだり、日々のクレーム対応に疲れた社員がどんどん辞めていきます。

 

それをごまかしながら自転車操業的に経営をしているうちに「真実の時」を迎える事になります。(バンバンCMを打って急成長していた会社が、突然破綻するパターンがこれです。)

 

そのリスクに早い段階で気づいて、ミッションを確立し、お客様の声に真摯に耳を傾け、成長に応じたマネジメントコントロールシステム(システム化)で足腰をしっかり固めた会社だけが生き残っていくのです。(急成長の末に80年代に破綻した「吉野家」(その後再建)をはじめ、急成長による「ひずみ」のコントロールは実際難しいものですが。)

 

●システム化で飛躍のための土台を築く

これは社内で新規事業を担当する部署内でも同じで、初期の頃は「新たな問題の発生」と「システム化(業務の標準化)」の追いかけっこのような状態になります。

 

ただ初期の自転車操業の頃は、業務の標準化すら難しいので、ひたすら自転車を早く漕ぐ事で乗り切るしかないのですが、それで持つのはせいぜい数年です。 

 

かくいう私も、20代の頃に「システム化」を甘く見たために、自分が責任者だった部署内に混乱をきたし、チームメンバーが次々にストレスや体調不良で辞めていった苦い経験があります。(深く反省。)

 

例を挙げれば、売上が上がれば上がるほど、個別で対応可能だったクレーム件数が一気に増えます。ただ急激にスタッフの数は増やせないため、力技で解決しようとして残業が定常化し、ケアレスミスも増えて現場は急速に疲弊してきます。そこでスタッフがお客さんの声を借りて、上司や会社の売上アップ施策に対して口々に不満を言うようになるのです。

 

幸いそのことに途中で気づき、システム化を強力に手助けしてくれたメンバーのおかげでなんとか混乱期を脱しましたが、システム化の重要性は強調しても強調しきれません。(ただし、新しい段階へ移行する際には、作り上げた既存の「システム」を一旦破壊しなければならないのですが。)

 

ただし、すべての会社が立派なミッションを掲げて、成長を目指すべきだというものでもありません。

 

プライベートカンパニーとして収入が得られれば十分だという経営者もいますし、「いいクルマに乗りたい」「高級マンションに住みたい」という目的で会社をやるのも自由です。

 

また自分のこだわりを追求するために、小さい規模をキープするというのも一つの選択肢です。たとえば「魂の一杯」を作るラーメン屋、隠れ家レストラン、ユニークな治療院、芸術性の高いアートスタジオなどはその一例ですが、組織が大きくなると経営者はどうしても「管理」に時間を取られますし、標準化しなければ経営が成り立たないので、経営の自由度は制限されます。

 

そこで、意図的に少数精鋭を組織をキープする経営者も多いのです。

 

その意味で、「成長」(=規模の拡大/スケールアップ)はあくまでオプションの一つにすぎないのです。

 

●違う性格だから新しいものが創造できる「クリエイティブ・ペア」

 パナソニックやホンダが、この5の「壁」を乗り越えられたのは、実務において社長と同等、もしくはそれ以上の能力を持ち、特には苦言を呈しながらも、共通のミッションに向かって仕事をまかせられる実務家のパートナー(No.2/女房役)がいたからです。

 

例えば、松下幸之助氏には大番頭と呼ばれた高橋荒太郎の存在があり、技術屋の本田宗一郎には、藤沢武夫という実務家の存在が必要でした。

 

またソフトバンクの飛躍は、孫正義氏を支えた野村証券出身の北尾吉考氏(ソフトバンク常務取締役を経てSBIホールディングス株式会社CEO)や、富士銀行元副頭取の故・笠井和彦氏(ソフトバンク取締役)なしには語れないのです。

 

これは音楽バンドを組む際に、みんなボーカルをやりたいメンバーや、みんなベースをやりたいメンバーだったら、バンドして成り立たないのと同じです。

 

一般にボーカルは”独自の世界観”がある人(=人の話をあまり聞きすぎない!)人がふさわしく、ドラムは短気な人が多い(=迷っているとテンポが後れるので決断力が必要)、ベースは大局観をつかみながら全体をリードするような性格の人が向く、など言われています。結果的に、みんなそれほど仲良くないことが多いのですが、お互いにジャムすることで最高の音楽が生まれるのです。

 

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ビジネスも同じで、同じミッション(志)を共有しつつも、性格がまったく違うタイプの人間がチームを組む必要があります。(ex. ホンダ創業者の本田宗一郎藤沢武夫はプライベートではほとんど話さない仲だったそうですが、お互いに相手を最高にレスペクトし合っていたのは有名です。)

 

また部署間でも、仕事の性質として「事業部」はアグレッシブな投資判断、「経理」「法務」は慎重な判断をしがちであり、結果的に対立しがちです。

 

このように性格(性質)が違うだからこそ、そう簡単にはうまくいかない訳で、だからこそミッションによって、基本的なフレームワークを作る必要があるという訳です。

 

●武将を味方に付ける

 ベストセラー「ビジョナリーカンパニー2」で、著者のコリンズは偉大なリーダーの特長として「謙虚さ」を挙げています。

 

例えば、知人が以前勤めていた会社は某有名教授が代表を務めており、社員にいつも

 

「君たちはどうせ何も分からないんだから、言われた事だけやってればいいんだ」

 

と言っていたそうです。これでは(経営者を崇拝するイエスマンか、馬鹿扱いされるのが好きな一部の特殊な趣向の人を除いて)社員が長く居着くはずはなく、側近の男性と事務員の女性を除いて、いつも人が入れ替わっています。

 

こういう状態で事業を拡大しようとすると、社長が新規事業に力を入れ出した瞬間に、既存事業の売り上げが落ちます。なぜなら社長以外に意思決定できる人材が育っていないからです。そして結局は新規事業を諦め、既存事業に再度注力するといったサイクルを繰り返します。

 

この悪循環を脱するには、「なんでも自分が一番病」や「自分に依存させたい病」を克服するしかありません。

 

オレ様型(独裁型)のリーダーは、何にでもマウントを取ろうとするため、なかなか他人の力を認めることができません。そのため、いつまでたっても自分より能力の劣る「家来」(フォロアー)しか従えることしか出来ません。それを乗り越え、自分の能力をしのぐ「武将」(パートナー)を味方にできた人だけが、持続可能な会社の土台を築くことができるのです

 

(余談)ビジネスモデルが比較的シンプルでスケールしやすい場合、かなり「個人商店」的な経営スタイルでも数百億円に成長するケースもあります。しかしその場合は、事業承継時に大きな問題を抱えることになります(詳しくは第3段階にて)

 

◎NEXT→ 

flowone.hatenablog.com


成長の5段階プロローグ:基本解説はこちら

第1段階:ゼロからイチをつくる
第2段階:家業から企業への脱皮
第3段階:宦官と武闘派の戦い
第4段階 部分最適化とイノベーションのジレンマ
第5段階:新しい組織のかたち 


【参考図書】

 

神話のマネジメント
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神田 昌典
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*著者のダントツ企業実践ニュースレターNo.63〜に掲載された企業成長論のまとめ。大変参考になります。

 

・【1999年度マッキンゼー賞「金賞」受賞論文】

アンバンドリング:大企業が解体されるとき

ジョン・ ヘーゲル3世マッキンゼー・アンド・カンパニー プリンシパル マーク・ シンガーマッキンゼー・アンド・カンパニー プリンシパル

 

【参考記事】

 

▼入院中に部下20人が離反、競合会社設立。慰留に努力するか

孫正義が出題、思考力を磨く設問(PRESIDENT 2011年3月7日号)

http://president.jp/articles/-/12517

 

▼会社を小さくしておくべき15の理由

http://readwrite.jp/archives/8149

 

▼書籍:はじめの一歩を踏み出そう―成功する人たちの起業術(マイケル・E. ガーバー)

 *スモールビジネスのシステム化についてのノウハウが豊富に語られている

 http://www.amazon.co.jp/dp/4418036016

 

▼小籔が語る「コヤブソニック」辞める本音

http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakanishimasao/20140726-00037705/

 

▼ヒロミ、芸能界復帰の理由明かす「これってずっと繰り返してんだなって」

http://news.livedoor.com/article/detail/8815181/

 

▼「ガイアの夜明け」で人気過熱、最大の危機に 身の丈に合ったサービスとチームの大切さを再認識

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141015/272602/

 

▼現状を打破しようとする全ての人に捧ぐ。ジョブズ最高のプレゼンテーション

http://blogos.com/article/102648/

 

▼なぜ「理念による経営」は、冷笑されるのか?

http://www.huffingtonpost.jp/yuuya-adachi/management-by-the-idea_b_6872744.html?ncid=fcbklnkjphpmg00000001

 

▼“懐刀”“参謀”・・・No.2探しの三原則とは?│INOUZ Times

“経営者研究”の第一人者が語るナンバー2論

慶應義塾大学大学院理工学研究科 特任教授 小杉 俊哉(こすぎ としや)

https://inouz.jp/times/thsmo/