大人の考える技術

若林計志が経営・MBAのフレームワークやマネジメント理論を応用しながら、ビジネス・社会問題を考察します

第5段階:新しい組織のかたち(組織の法則:会社成長の5段階説)

君主論」で有名なイタリアの政治学マキャベリはこんな言葉を残しています。

 

天国へ行く最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである。

 

これを組織論に当てはめれば、本当に良い組織を作るには、キレイごとや成功事例のような「光」の部分だけでなく、むしろ「影」の部分ともいえるドロドロした権力闘争や社内政治にも目を向け、そのメカニズムを熟知する必要があるということを意味しています。

 

組織は出来上がった瞬間から、その存在を維持するために「安定」を志向します。

 

なぜなら確実に予想できる未来として月々のオフィス家賃や社員への給与などの固定費(キャッシュアウト)があるからです。(支払えなければ倒産するという恐怖心は、多くの経営者にとって夜も眠れないほどのプレッシャーです)

 

また銀行借り入れが多ければ多いほど、リスクを嫌う銀行の意向を無視して不確実性の高い事業への投資はできないため、安定経営を目指さざるをえないという切実な事情もあります。

 

その一方で、安定を揺るがすような「イノベーション」を起こしたり、変化する環境に組織形態が対応しなければ、遅かれ早かれ成長の壁に突き当たってしまいます。

 

この「安定」と「不確実性」という2つの矛盾した存在のバランスをとる事こそが、成長のマネジメントです

 

よく成功した企業が雑誌やメディアで特集されますが、逆に言えば、ほとんどの会社は成長に伴う落とし穴(罠)にはまって身動きが取れなくなるということを意味しています。

 

だからこそ、罠を知り、それを避けることが重要なのです。

 

このコラムを通じて会社組織の成長ステージの第4段階までに、何が起こり、どう乗り越えていけば良いかについて説明してきました。また組織の成長とともに、マネジメントコントロールシステムも進化させなければならない事もお分かりいただけたと思います。

 

「組織成長」と「マネジメントコントロール」にズレがあると、組織内で必ずどこかでひずみがおきます

 

例えば社長が「アントレプレナーシップ起業家精神)を持て」「一人ひとりが経営者マインドを持て」と立派な事を言っている割に、実際に社内でその言葉に従って動こうとすると

 

「お前は組織が分かっていない」

「いつまで青臭いこと言っているんだ」

「"意識高い系"でうざい」

 

などと非難されるような会社はゴロゴロしています。

 

逆にこの2つがマッチングしていると、それぞれの社内で十分力を発揮でき、社員同士で協力しながら充実した時間を過ごせる「フロー経営」と呼ばれるような理想的な組織が完成します。

 

「社員同士があまり情報交換しない」「会議でアイデアが出てこない」「モチベーションが低い」などの原因を、各個人のせいにしてしまっては解決策を間違えてしまいます。(例:檄を飛ばす、怒る、やる気アップセミナーを受けさせるなど)

 

何かが期待通りの結果になっていないとしたら、組織運営の「仕組み」に起因している可能性が高いのです。

 

もし会社が停滞しているとしたら、まずは5段階でどの段階にいるのか、そして適切なマネジメントコントロールが行われているかをチェックすることで、問題解決の糸口が掴めるのです。

 

●新しい組織のカタチ

ネットワーク

 

グレイナーは、5段階目以降を「協同(Collaboration)」に基づいた緩いネットワーク型の組織だという見方を示していますが、同じような見解を持つを識者は年々増えています。

 

例えば、DeNA創業者の南場智子さんは「不格好経営」の中で次のように述べています。

 

あと10年もすれば、組織に属して仕事をするスタイルは主流ではなくなるだろう。目的単位でプロジェクトチームが組成され、また解散するような仕事の仕方に変わっていくはずだ」(P245 「不格好経営」)

 

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南場 智子

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同じように経営コンサルタント/作家の神田昌典氏はベストセラー「2022」で、会社は消滅する方向に動いていくだろうと予測しています。「消滅する」というのは、いまのようなピラミッド型の組織ではない、新しい形に移行していくということです。

 

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米ベストセラー作家でコンサルタントのセス・ゴーディンは、新しい組織のカタチを「トライブ」(=部族)と呼び、会社間の壁を乗り越えて、プロジェクト毎に有機的に結びつくワーキングスタイルを予見しています。(*内山悟志氏のサマリー記事が参考になります。)

  

トライブ  新しい“組織”の未来形 トライブ 新しい“組織”の未来形
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Amazon傘下で全米で人気トップ企業に入る靴の通販企業「ザッポス(Zappos)」やAirBnBなどが、肩書きやヒエラルキー構造を廃止して、各社員が自律的に働く「ホラクラシー(Holacracy)」マネジメントを採用して注目を集めているのもよく知られています。

 

また第2章でご紹介した通り、会社は

 

・「製品イノベーション型」(Innnovation)

・「カスタマーリレーションシップマネジメント型」(Hospitality)

・「インフラ管理型」(Efficiency)

 

という異なる特性を持った人々を理念でくくってまとめなければならないのですが、この3つの特性を持った人々がそれぞれの得意分野に特化した組織(会社)を作り、お互いにコラボ(アウトソース)しながらあたかも一つの組織のように動く

 

アンバンドリング戦略

 

がネット時代のコミュニケーションコストの低下で、積極的に行われるようになってきています。

 

例えば、「預貯金」「支払い」「送金」などのサービス一式を揃えることが要求された銀行業務において、「海外送金のみ」「個人間のお金の貸し借り」「融資審査のみ」といった、特定のサービスに特化したFintech(フィンテック)」の会社がどんどん出てきているのはその一例です。

 

また4段階でご説明した通り、会社の規模が拡大するほど、一般的には効率重視にならざるをえないので、逆にその強みを生かして積極的に「インフラ管理型」(Efficiency)に特化し、新しいことを生み出すファンクションはイノベーターに任せて、彼らが活躍できる場やの提供者に特化してしまう

 

プラットフォーマー戦略

 

も有効です。

 

*「プラットフォーム」はMITのクスマノ教授が2001年に提唱し始めた概念

 

Platform Leadership: How Intel, Microsoft, and Cisco Drive Industry Innovation
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 いづれにしろ、このような動きはどんどん加速していくはずです。

 米ベストセラー作家ダニエル・ピンクが「フリーエージェントの時代」で指摘しているように、かつてのように大企業かつ大人数で、同じオフィスに座っていなければできない仕事はどんどん減っているのです。

 

言い換えれば、ピラミッド型組織(階層組織)の中で、グレイナーの提唱した「成長段階説」の階段をわざわざ上らなくても、小さい会社で十分世界と勝負できるインフラが整ってきているのです。

 

プログラミングができるならApp Storeを使うことで、ほぼノーリスクで世界にアプリを同時販売可能です。

 

巨大な資本力を必要する装置産業だった家電も、個人で元になるアイデアを考え、ネットでデザイナーを探し、3Dプリンターでプロトタイプを作り、海外の製造工場に小ロットで発注してネット販売する事も可能です。

 

かつては数百万円の高価なサーバーを必要としたウェブビジネスもアマゾンのクラウドサービス(AWS)などを使えば安価に堅牢なシステムを構築できます。

 

その意味で、10人程度の会社でも、世界の大手メーカーと勝負できる素地が整ってきているのです。

 

また何かをやる前に何度も稟議書を書いて、現場に精通していない関係者を説得しなければならない大企業に比べて、身軽なベンチャーはMVP(「Minimum Viable Product」の略。「検証に必要な最低限の機能を持ったプロトタイプ製品」)をどんどん作って実験するので、結果的にイノベーションを生み出す確率は、大手を上回る可能性もあります。

 

さらにもっと人数が必要な場合は、会社を大きくするのではなく、それぞれの分野のプロ集団が結集してアライアンスを組む形も可能です。

 

実際にUpwork(旧oDesk), Lancers, Cloud Worksなど、世界に散らばっているプロに、クラウドソースするための仕組みも普及してきています。

 

またアライアンスを組んだ人々が、ネット上で経験をシェアしながら学び合う「実践コミュニティ」(Communities of Practice)を実現するためのツールもどんどん登場し、この動きを強力に後押ししていますし、資金が必要なら「クラウドファンディング」も利用可能です。

 

おそらくこのようなトレンドは、今後すべての業界に広がっていきます。したがって、組織に所属することのメリット、組織の存在意義の再定義がよりシビアに求められてきます

 

下記に、第5段階的なマネジメントスタイルのヒントが見えるいくつかのケースをご紹介します。

 


リクルート/ミスミ型経営

組織内をいわば商店街のようにしてしまい、それぞれの部署が独立採算で儲けを作るようなやり方です。比較的会社の規模が大きくなっても、イノベーターが動きやすくなっています。リクルートでは、お互いの部門がある種のライバルであり、極端に言えば潰し合う事も容認されます(現在は、創業者の江副さん時代よりはマイルドだそうですが。)

 

例えば就職情報誌(雑誌)の部門があるのに、リクナビ(ネット)を立ち上げれば、当然カニバリゼーション(社内でのコンフリクト)が発生しますが、それをあえてよしとするのは、社内でやらなければ、どうせ他社が同じ事をするからです。社内で利害調整している間に、会社ごとひっくり返っては元も子もありません。

 

このタイプの会社の弱点は、横の連携が希薄になりやすく、仕組みとして組織がタコツボ化しやすかったり、離職率が高くなる傾向にあることです。

 

リクルートはその点を、「プロとして自律的に働く」という強い経営理念(組織文化)を前に出す事によって、ある程度回避しています。採用時にも起業家マインドを持った社員を採用しているのもその現れで、かなりの社員が一生リクルートで「サラリーマン」として勤め上げようと思っていないのです。その証拠にOBOGの結束が強いのが特徴です。

 

また社内でも「New Ring」などの新規事業コンテストを積極的に開催したり、自分の希望で部門間を移動できる柔軟な人事制度を設けています。

 

アメーバ経営

京セラ創業者の稲盛氏が考案した「アメーバ経営」は参考になります。組織内の各部門が”中小企業”のように独立採算制(=プロフィットセンター化)を保ちながら、お互いに「フィロソフィー」で協力に結びつき、共通のゴールを目指します。この手法はJALの再建で大きな成果を上げた事もよく知られています。

 

部門別採算制である点はリクルートと似ていますが、ここで特徴的なのは、お互いの部門は協力関係にあるという事です。

 

稲盛氏は言います。

 

京セラは、本来、全従業員の心と心の結びつきをベースに経営してきた会社であり、また、個人の能力や才能は、人類、社会に役立てるために与えられたものであるという考えに立っている。

 

したがって、実績のよいアメーバが、大きな顔をして社内で威張るとか、見返りとして高い報奨金を受け取るといったことはない。その代わり、すばらしい業績をあげたアメーバには、仲間からの賞賛と感謝という精神的な名誉が与えられる。

 

また、アメーバに対する評価においては、受注、総生産、時間あたりなどの絶対額ではなく、各アメーバが創意工夫によりそれらの数字をいかに伸ばしたかという点を重視している。これは、アメーバ同士が社内で競い合うのではなく、各アメーバが関連する部門と調和を図りながら、自発的に力を伸ばしていくことが、会社にとって理想的な姿だと考えているからである。つまり、アメーバ経営では、自分さえよければいいという利己的な考え方で行動するのではなく、会社全体の発展のため、全アメーバ、全従業員の力を結集することが求められるのである」。(「アメーバ経営」P138ー139ページ)

  

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 その他、ソフトバンクが目指す5000社以上が保有株20−30%程度でゆるく結びついてコラボする起業者集団構想、外部との連携によって新しい価値を生み出すオープンイノベーションの仕掛けなど、参考になりそうな例はたくさんあります。

 

またカリスマの後継者を社内で探すのが難しければ、PE(プライベートエクイティ)の力を借りて、外部からプロ経営者を招聘するという選択肢もあります。

 

どちらにしても、業界や業態、経営哲学により経営スタイルは違って当然で、どれが正解という答えはありません。

 

第3段階的で紹介した「武闘派」を積極的に維持することで、連続的にイノベーションを発生させながら数兆円規模まで成長している会社も、

 

コアのビジネスモデルをかっちり固め、それほど現場に権限委譲する事なく多店舗展開によって同じビジネスを再生産する形で成長しているフランチャイズ系の会社も、

 

カリスマ社長が神のように祭り上げられ、社内がトップダウンで軍隊のように動く事でスピード経営を実現している会社も、

 

そして特定のリソース(資源エネルギーなど)をきっちり抑え、巨大な官僚型組織によって安定的な経営をしている会社もあります。

 

ぜひ、いろいろなニュースや企業事例を見ながら、

 

「これは第何段階の問題なのか?」

「問題が発生している原因は何で、次のステージに行くには、どうすれば良いのか?」

「成長に伴う組織の”老化”(硬直化)に対して、どんなアンチエイジング方法があるのか」

 

などと頭を巡らせてみてはいかがでしょうか?

 

そこから自社では何をすべきなのかについて、きっとよいヒントが見えてくるはずです。 


成長の5段階プロローグ:基本解説はこちら

第1段階:ゼロからイチをつくる
第2段階:家業から企業への脱皮
第3段階:宦官と武闘派の戦い
第4段階 部分最適化とイノベーションのジレンマ
第5段階:新しい組織のかたち 


 

【追記】本稿「組織の法則」を収録いただいた学術論文集「リーディングス組織経営」(岡山大学出版会 2014)が発売されています。

 


【推薦図書】

成功者の告白 (講談社プラスアルファ文庫) [文庫](神田昌典

*ライフサイクル理論を起業家個人の人生になぞらえて小説化した一冊です。おすすめ!

 

「もはや計画は不要になった」 MITメディアラボ・伊藤穰一氏が語る、”インターネット後の世界”と”新しい原理”

 

「新しい働き方」ができる企業専門の就職サイト(パラシフ)

*地方在宅ワークなど、新しい働き方を提唱している会社への転職情報紹介ページです。

 

・【全文】孫正義氏「大企業になりさがるのは最大の屈辱」 新ソフトバンクは世界的な起業家集団になると宣言

 http://logmi.jp/57313

 

・「アンバンドリング:大企業が解体されるとき ―インタラクション・コストが低下すると事業の専門分化が促される―

 

*インターネットは、巨大組織を小単位に解体してしまう。この力学に逆らう組織は、ゴーイング・コンサーンを実現できないばかりか、専門集団やネット・ベンチャーの軍門に下るかもしれない。eエコノミーが加速すればするほど、この力学は強く作用していく。この時流に乗れるか否かが、大企業の存続を左右する。

ジョン・ヘーゲル3世 (マッキンゼー・アンド・カンパニーアソシエートプリンシパル) マーク・シンガー (マッキンゼー・アンド・カンパニーアソシエートプリンシパル

 

・「プロフェッショナルを演じる仕事術

組織にいれば、ポジションに応じて「演じる」ことを求められる。そうならば、プロ絵を演じる事で、自己成長が可能であることを説明した一冊。