記事のPOINTS:
① ものごとをバラバラに分解する手法は、問題解決法の一部に過ぎない。
② 因果関係を無視して問題解決はできない。
③ 「分析」と「つながり」をベースに、創造的な解決策を作る必要がある。
「ロジックツリー」「MECE」「Fact-Base」などの言葉は、問題解決法に触れたことがある人なら、1度や2度は聞いたことのあるキーワードだ。ただ、これらを駆使した問題解決法で、本当に現場の問題は解決できているのだろうか?
問題を解決しようとして、かえって状況を悪化させていないだろうか?社内に新たな問題(対立)を生み出し、「自分には難しい」「やっぱり現場では使えない」と結論づけている読者はいないだろうか?
●いつの間にか「犯人探し」
筆者は20代の頃に、世界的屈指の戦略コンサルティングファームの日本代表を努めた人物が創業したばかりのベンチャーに飛び込み、試行錯誤しながら、ビジネススクール(経営大学院)の統括責任者を約11年務めた。当然ながら、社内ではメールでも、会議でも、ロジックツリーやピラミッドストラクチャをベースにした問題解決思考がデフォルトとなっていた。
ぐちゃぐちゃになった物事を整理・分解して、解決の糸口を見つけ出していく問題解決法には、大きなメリットがある。混沌とした問題の解決すべき論点(イシュー)が明確になり、ツリーやマトリックスでスッキリと図解されると、ある種の爽快感がある。
ただこの方法が万能かといえば、そんなことはなく、使い方にはコツがある。そして特有の弱点も抱えている。薬でも、効能が強いほど、副作用を考えるのが重要なように、問題解決法もメリット、デメリットをよく考えて使う必要がある。
ところが、問題解決&ロジカルシンキング研修、本屋に並ぶ問題解決本で、そのデメリット(リスク)を明確に示しているケースは案外少ない。むしろ、まるで魔法の杖のように、そのメリットだけを強調したものも多い。
その弊害なのか、習ったばかりの問題解決策を現場で振り回したために、問題を解決するどころか悪化させてしまい、悶々と悩んでいる人によく出会う。「コンサルティング会社に頼んだら会社が悪化した」とか、「MBA が会社を潰す」といったたぐいの批判本が出てくる背景も、根っこは一緒のところにある。
つまり手法の特徴を十分に理解せずに使ったために、副作用のほうが大きくなってしまっているのである。
- 作者: ヘンリー・ミンツバーグ,池村千秋
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「ハンマーを持つ人にはすべてが釘に見える」という言葉があるが、問題解決法を習うと、ついついなんでも叩いてしまいがちになる。
具体的には、ロジカルに問題を解決しているつもりが、いつ間にか「犯人探し」になってしまっている例が多い。「あなたが問題です」と指摘されて嬉しい人などどこにもいない。ましてや自分が問題になろうと思って、仕事をしている人もいない。だから「あなたが問題だ」などと指摘すると、指摘された人との間には必ず対立が起こってしまうのである。それが上司なら、問題解決者のリスクは極めて高い。
●バラバラにしたあとは、必ず再構成する
物事を分解する最大の弱点は、分解した要素間の因果関係を軽視、もしくは無視してしまいがちなことだ。我々を取り巻く世界は、常に原因と結果、つまり因果関係によって成り立っている。もちろんビジネスや組織も例外ではない。
言い方を変えれば、ある現象(問題)が、それ単独で起こっていることはあり得ず、それは常に何かの「結果」だということを意味している。
だから、原因を見つけて、それを取り除くという線形の解決策はワークしないし、悪化させることもある。
そもそも何かの解決策を実行して、ネガティブな副作用(結果)が出るということは、それを起こすも知れない「原因」が見えていないということを意味している。
ガン細胞を見つけたのはいいが、そこにつながっている血管を無視して摘出した結果、連鎖的に体に悪影響が出て死に至るようなもので、問題全体を構造的に捉えられていないである。
MECEやツリーで要素間をバラし、分析すること自体は間違っていないが、それだけでは不十分であり、バラした要素がいったいどう影響しあい、つながっているのかを考察しなければ本質的問題、そして解決策はわからないのである。
もし誰かが問題となっているなら、それは単に「結果」にすぎない。だから、「あなたが犯人です」と指摘するではなく、その人の行動の背景にある構造的な「原因」、つまり因果関係を丁寧に解きほぐさなければならない。
●2つの要素
日本のビジネスシーンで、ロジカルシンキングや問題解決法が普及するきっかけのひとつとなったのは、大前研一『企業参謀』(1975)である。今でも古典的教科書として版を重ねるこの本は、渾然一体になった問題を、本質に基づいてバラバラに“分解”する重要性を繰り返し強調する。
この視点だけでも、圧倒的な示唆に富むのだが、その影で見落とされがちなのが、「分解」の後のステップとして示されている重要なポイントだ。
それは、一度バラバラにした各要素が全体に与える影響を理解し、目的を考えて再び組み立てる(=再構成する)することだ。
『企業参謀』に大幅加筆して英語で出版された『ストラテジック・マインド』(1984)でも、この“再構成”の重要性を、バラバラに分解する以上に強調している。先見性に富んだ意思決定をする条件として、
「事業環境の中に働いている各種の動因を、因果律に基づいて未来に延長し、最も実現性の高いシナリオに対する論理的仮説を、単純明快に表現すること」
としているのは、その一例である。
●再構成の方法論はまだ発展途中だった
要素をバラバラにした後、目的や因果関係に基づいてシナリオを作るのが重要なのだ、というメッセージはクリアだ。ただ「どうやって実現性の高いシナリオを作り上げるのか」という方法については、『企業参謀』でも『ストラテジック・マインド』でも、それほど詳しく解説されていない。
「分解する」と「再構成する」は、問題解決の両輪であり、両方そろって初めて本来の力を発揮するにもかかわらず、なぜ「再構成」が忘れられ、「分解」だけが注目されてしまったのか。
その背景には大きく2つの理由があるように思う。
まず1つ目は、シンプルかつパワフルで、3Cや4Pといったフレームワークとの相性もよかった「分解」に比べ、「再構成」は、まだまだ直感や非線形思考といったアートな世界にあった。つまり十分に体系化されていなかったために、相対的な注目度が低くなってしまったのである。
例えば、商品の売り上げが上がらない原因を、4P( Product(製品),Price(価格), Promotion(プロモーション),Place(流通))で分解したとする。その上で「Price」が犯人だから変えよう、といったレベルの解決策を作るには、分解思考はうってつけなのである。
ところは実際にはPriceとProductに密接に連動しているし、PlacementともPromotionとも影響しあっている。仮に問題をPriceだと決めて価格を下げると、当然ブランド価値にも影響し、売り場も、宣伝方法も連作的に変わってくる。
また時間軸も十分考慮する必要がある。
初期に値段を下げて、マーケットを拡大するという戦略もありえるし、目先の利益を稼ごうをして安易に価格を下げると、短期的には利益がアップしたように見えて、長期的にはブランド価値を毀損することもある。
要はPrice“だけ”変えるというわけにはいかないのだ。
ところが要素のつながりを無視し、たまたま見つけた「犯人」(問題)に注目し、「部分最適」な解決策を作ってしまうと、想定外の副作用のほうが大きくなってしまう。つまり一つの問題を解決したつもりで、2つの問題を新たに生み出すような結果に陥ってしまう。
もう一つは、この分解型の問題解決法が、ポジショニングベーストビュー(PBV)をベースにした外部環境分析を得意とするコンサルティングファームで普及したことだ。
例えば、3C分析(Company, Competitor, Customer)において、 自社(Company)の変化が即ライバルやマーケットに影響する訳ではないので、バラバラに分解しただけでもそれなりに役立つ。ただ、実際には全ての要素は相互に影響し合っているので、リソースベースドビュー(RBV)の視点がまったくなければ、解決策に副作用が出てしまうのである。
●つなげてシンセサイズする
問題を「つながり」(因果関係)によって捉える視点が、ビジネスにおいて注目されはじめたのは、比較的最近である。その先駆けが、自然界をさまざまな要素が影響し合うシステムとして捉える研究(システムダイナミクス)を、組織論に応用した、MIT教授ピーター・センゲの著書『最強組織の法則』(1995)である。
日本でも、2010年に発売された楠木建『ストーリーとしての経営戦略』(2010)がヒットした。この本は因果関係の連鎖を経営戦略の視点から分析した一冊だが、タイトルとなっている「ストーリー」は、まさに因果関係を示している。
- 作者: ピーター・M.センゲ,Peter M. Senge,守部信之
- 出版社/メーカー: 徳間書店
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マッキンゼーで日本支社長を務めた横山禎徳氏も、著書『循環思考』』(2012)で、「プロフィット・ツリーでいくら細かく要素分解していっても因果関係を示してくれることはない」と喝破する。
『企業参謀』から30年以上を経て、イッシューツリーを駆使してきた世界を代表するコンサルファーム元代表からの出てきた言葉は、味わい深い。横山氏は、その解決策としてつながりを強調した”循環思考”を提唱しているが、同じように現場経験を積んだコンサル出身者が、線形の問題解決に限界を感じ、独自の視点で経験則で補っているパターンはよくある。
そして、それら多くは「直感」や「右脳思考」と説明されるが、その中心的コンセプトの一つとなっているのは複雑系を”全体”として理解するための「つながり」思考なのである。
マッキンゼー&BCGでシニアアドバイザーとして活躍した名和高司氏が、”(既存の)コンサルを超える”最新手法の一つとして「システム思考」を紹介しているのはその一例といえる。
実際、『企業参謀』の大前氏が経営する会社においても、社内でロジカルシンキングと同じぐらい強調されていたのが、創造的な解決策を生み出していく「構想力」であった。ゼロからイチを想像する「構想力」とは、まさにバラバラに存在する事象や経験をつなげて統合(シンセサイズ)していく、まさに再構成の思考に他ならない。
一見関係なさそうに見える事象の間につながりを見つけ、イノベーションを生み出していく非線形思考の領域は、いまだに完全にサイエンスにはなっている訳ではない。
ただ、複雑な事象を因果関係で読み解き、そして再度組み立てていく手法は、「企業参謀」が書かれた30年前よりは、かなり発展してきており、直感や勘としか表現できなかった領域が確実に狭まってきているのは確かだ。
●戦略と実行
問題解決において、分解以上に重要なのは実行案だ。何をすれば、何が起こり、それがどんな結果を引き起こすのか、といった組織内・外での原因―結果のつながりを緻密に考察した具体的手段(How)がなければ、立派でかっこいい戦略(What)は、絵に描いた餅に過ぎない。むしろ状況を悪化させることもある。
問題解決者は、問題をバラバラにするだけの「分析屋」でも、アイデアを出すだけの「評論家」でもなく、実行を通じて成果を出す「実務者」でなくてはならない。
そのためには、つながりを無視することはできない。
余談だが、よく「数千万円のFEEをコンサル会社に払ったら、分厚いレポートだか残して去っていった」という批判がある。これは半分当たっていて、半分外れている。そもそもそもの問題解決が、因果関係を無視していては話にならないが、伝統的なコンサルは、純粋にWhatを求められる存在だった。
つまり、実行(How)は「現場の人の方がよく知っているでしょ」というスタンスでOKだったし、クライアント側もそれを求めたのである。
そのことは前述の名和高司氏の言葉に象徴的に現れている。
「HOWの細部については、クライアントの現場のほうがよくわかっているので、あまり細かいことには立ち入らず、現場に任せることだ。」
ただ「言うは易く行うは難し」だ。
組織を動かすHowには相当なマネジメント力が要求される。立派な戦略を作ったがいいが、実行でつまづいて思ったような結果が出せない会社、現場が反発してお蔵入りになる会社、逆にまじめに実行して悪化する会社が少なくない。
結果としてコンサル側の言い分としては「実行はクライアントの責任でしょ」となるし、クライアントの言い分としては「役に立たない分厚いレポートを残して去っていった」となる。
いずれにしろ、誰かが悪いのではなく、「再構成」つまり、つながりの重要性がコンサルする側にもされる側にも、スポッと忘れられていたところに問題がある。
そして経験を積んだ”できる人”は、そこに「違和感」を感じ、因果のつながりを直感や勘で補ってきたのである。
●NEXT STEP
最後に筆者の知る範囲で因果関係に注目するいくつかの優れた情報ソースをご紹介したい。まず手軽なのは、システム思考(思考プロセス)系のビジネス書だ。前出のセンゲの著書『学習する組織』(2011)やその関連図書、岸良裕司『全体最適の問題解決入門』(2008)は一読に値する。
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全体最適の問題解決入門―「木を見て森も見る」思考プロセスを身につけよう!
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「システム思考の概念的な重要性はわかったが、一体どうやって学べばいいんだ」とお考えの方には「TOCfEトレーニングプログラム」がオススメだ。4日間のプログラムだが、ステップバイステップでシステム思考を身につけられるので、時間を取って受講する価値は十分にある。
もともと
「ロジカルである(論理的である)」
とは、「筋道を立てて考えること」=「つながりを考えること」であって、バラバラに分解することではない。その意味では、つながりをベースにした問題解決手法は、日本でも多くの現場で暗黙知的に脈々と使われてきた。
トヨタ式問題解決として有名な「なぜなぜ5回」も、起こった結果から原因をあぶり出していくという観点で、まさに因果関係に着目した問題解決手法そのものである。
要素還元主義は西欧的、つながり思考は東洋的、ロジカルシンキングは左脳的、発想法は右脳的などとよく言われる。その真偽はともかく、両者は融合することで真価を発揮する。
過去に問題解決法で挫折してしまった人、そしてこれから問題解決を志すなら、「分解」一辺倒でなく、「つながり」思考の重要性を再認識し、二刀流で勝負していくことが成功のキーになる。
今回のコラムは「経営センサー」(東レ経営センサー2019-5号)の寄稿記事に加筆したものです。