大人の考える技術

若林計志が経営・MBAのフレームワークやマネジメント理論を応用しながら、ビジネス・社会問題を考察します

TOCクラウドとハーバード流交渉術

TOC(制約理論)のなかに、対立を解消するための

クラウドエバポレーティング・クラウド=蒸発する雲)」

という強力な手法があります。

これは業務の流れを悪くしている根底に「コンフリクト(対立)=ジレンマ」があり、これがボトルネックになって組織を停滞させている、という考察に基づくもので、この対立をクリエイティブに解決する方法です。

まず「コンフリクト」の要素を

・手段(Wants)

・要望 (Needs)

・共通目標 (Common Objective)

に分解します。

cloud

通常は「手段」に固執してしまうためのコンフリクトが解決しないのですが、対立している両者の「要望」レベルに目を向けることによって、問題はぐっと解決に近づきます。

なぜなら、要望レベルで両者は対立していないことが多いからです。そして「要望」を満たすために、現在主張している手段以外の方法が選べることが分かれば、対立は自然に解消へと向かいます。

(ちなみに相手=顧客と置き換えれば、「顧客の本当の要望」をベースに、それを満たす手段を拡げて考えることができます。これを大前研一「企業参謀」では戦略的自由度(Strategic Degrees of Freedom/SDF)と呼んでいます。)

すこし形は違うのですが、同じような問題解決方法を「紛争解決研究の父」と呼ばれるモートン・ドイッチ名誉教授(コロンビア大学 1920-)も提唱してします。(その影響を受けたハーバード・ロースクール拠点のハーバード交渉研究所(PON)のロジャー・フィッシャーとウイリアム・ユーリの共著「ハーバード流交渉術」(1981)が有名です。)

ハーバード流交渉術の提唱する「原則立脚型交渉」では

「対立を「立場と利害」を分けて、利害にフォーカスせよ」

という解説がされていますが、まさにこれはTOCクラウドにいう「要望」レベルにフォーカスする手法と本質的には同じです。

・手段(Wants)=立場(Position)

・要望 (Needs)=利害(Interest)

・共通目標 (Common Objective)

もちろん「要望」レベルで無事コンフリクトが解決できればよいのですが、TOCクラウドでは、さらに3つの別の解決法も提唱しています。

それが、

「相手の立場」×「自分の要望」

「自分の立場」×「相手の要望」

「自分の立場」×「相手の立場」

を両立させる方法です。TOCの開発者であるゴールドラット博士の愛弟子として活躍されている岸良裕司氏は著書「全体最適の問題解決入門」で、これを

「相手の立場」×「自分の要望」(手の立場優先)

「自分の立場」×「相手の要望」(分の立場優先)

「自分の立場」×「相手の立場」(と場合によって両立させる)

「相手の要望」×「自分の要望」(案ひらめき)

→「相自時妙(そうじじみょう)」の解決法と呼んでいます。

もちろん実際の交渉では、相手の「要望」(本音)は最初からは簡単に見えないことも多く、手段レベルで

「値段を下げろ」

「いや、下げられない」

という2分法の対立になりやすいため、コミュニケーションを通じて「要望」を明らかにしていくことになります。

また実際の交渉で役立つのは「両者の立場」「要望」「共通ゴール」について、実際に文字で書き出すことです。

交渉ではどうしても感情的になりやすく「アイツが悪い」という人格攻撃に発展しやすいリスクがあります。ハーバード流交渉術では「人と問題を分けて考えろ」というのが鉄則なのですが、実は結構難しいのです。

そこで、対立の全体構造をホワイドボードや紙に書き出します

すると相手ではなく、そこに書かれたことに両者の注意が向くため、「問題」にフォーカスしやすくなる心理的効果が高まります。

面と向かって自分の意見が否定されると心穏やかではないですが、”書かれている事”が否定されても、不思議とあまり怒りの感情がこみ上げてこないのです。

また自分のよって立つ価値観(要望)と、相手の価値観(要望)が文字として併記されるので、

「そういう価値観なら(自分は同意できないにしても)、そういう主張をするのは当然かもね」

いうと感じで相互の理解がすすみやすくなります。

そしてこれは「ブレスト型交渉」へのベースにもなります。慶應義塾大学法学部の田村次朗教授の著書「ハーバード×慶應流交渉学入門」(2014)には、こんな下りがあります。

「日本では、チーム内や組織の部署内でブレイン・ストーミングは行われるが、交渉相手とのブレイン・ストーミングは必ずしも一般的ではないかもしれない。しかし、たとえば、アメリカの労使間交渉では、双方が納得できる新しい合意形成を目指したいのであれば、ブレイン・ストーミングのプロセスは避けて通れないと言われている。実際、問題解決型交渉として効果的な成果を上げているケースでは、ブレイン・ストーミング的な話し合いの場を最低1回は持っているという統計データがある。」(P230)

こういう冷静なブレスト型交渉に持っていくためにも、ホワイドボードや紙に書き出して両者で眺めるのは、極めて実務的な手法と言えそうです。

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蛇足ながら、私は海外紛争地駐在の後、ドイッチ先生が所属するコロンビア大学大学院 国際協力紛争解決センター(The International Center for Cooperation and Conflict Resolution (MD-ICCCR) )で開発された「交渉トレーナープログラム」を修了したのですが、まさにTOCクラウドとはバッチリの相性だなと思っています。



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