大人の考える技術

若林計志が経営・MBAのフレームワークやマネジメント理論を応用しながら、ビジネス・社会問題を考察します

「作業するだけで給料をもらえると思うのは大間違い」発言から考える”レベル別仕事の任せ方”(なぜサラリーマンは「手段」に発想が偏りがちになるのか)

最近なかなか考えさせられるニュースがありました。

いきなりステーキ社長、従業員に喝 「作業するだけで給料をもらえると思うのは大間違い」2022年01月27日17時21分

この記事は、ペッパーフードサービス代表取締役社長CEO・一瀬邦夫氏が社員向けメッセージとして社内報に掲載した文章が外に流出したもので、社長が発したメッセージは下記のようなものでした。

「私は、各店のお客様クレーム一掃に取り組んできましたが、どうやらこのネガティヴ従業員によって大部分のクレームが起こっているようです。『店舗では作業するだけで給料をもらえると思うのは大間違いです。』店舗従業員のあなたの力で何人のお客様がご来店頂けたのかがとても重要なバロメーターです」

一瀬社長としては、従業員に払う給与の原資はお客様が満足して支払った代金なのだから、現場の社員には「作業」ではなく「仕事」をして欲しい(現場現場で考えてベストなサービスを提供してほしい)という、経営者としては、ドストレートな本音をオブラートに包まず発したところ、その書き方がやや辛辣だったか、もしくは悪意を持って引用されたために、ネットでプチ炎上したようです。

 

一人で50以上のアカウントを持っていて意図的に炎上させる「炎上屋」もいるぐらいなので、それ炎上自体は重要ではないのですが、私が面白いと思ったのは、ビジネスパーソンに人気の実名型コミュニティでのリアクションでした。デフォルメして引用すると、8割がこんな感じのリアクションでした。

・作業じゃなくて、何をして欲しいがわからず、具体的な解決策がない。説教だけしているようなのでダメ。

・労働対価とは作業に対して払われるのだから社長が間違っている。言われた通り作業して賃金をは払わないなら、ブラックそのもの。

・社員がネガティブなら、その原因を解消するのが経営者の仕事

さて筆者の興味は「なぜこのように見解に差が出たのか」です。

 

ここでマネジメントとは何なのかを少し構造的に捉えてみます。

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まずマネジメントいう行為は「目的」に向かって、従業員を巻き込みながら(エンゲージさせながら)「手段」を実行し、目的に近づける行為です。もっといえば、最も少ないインプットで、最も大きいアウトプット(目的への接近)ができればできるほど、「生産性が高い」マネジメントということになります。

 

例えば、1億円の売上を上げるために、1000万円投資しなければならない手段と、10万円投資しなければならない手段があるとすれば、10万円の方が手段として優れているのは明らかです。

 

ここで考えたいのは「手段」を実行する人のレベル(仕事の熟達度)です。

 

一般にレベル(熟達度)が高い人は、目的だけを伝えておいて、手段をあまり限定しない方が、独自の工夫や、クリエイティビティが発揮されやすく、モチベーションも上がりやすくなります。

 

上記の例で言えば、手段を指定しない方が、100万円や80万円で目的を実現する方法を創意工夫して考える余白が生まれます。つまり、プロにお任せするときは、素人がごちゃごちゃ作業レベルまで口出ししない方が、プロフェッショナリズムを発揮してもらいやすくなります。

 

逆にレベル(熟達度)が低い相手に、目的だけを伝えても、具体的な手段がわからず困ってしまいます。場合によっては「丸投げされた」という不満にもつながりますし、アウトプットにばらつきも発生します。上記の例で言えば、2000万円かかるイマイチな手段しか思いつかないかも知れません。

 

この辺りの実力差は、クラウドワークスなどクラウドソーシング系のプラットフォームを使うと一目瞭然です。こちらがやりたいことを提示して、クオリティの高いアウトプットを提案できる人=自分の頭で考えられる人は単価も高いのが通常ですし、”作業を指示してくれればやります”タイプの人は、相対的に単価が安いので、マーケットメカニズムがシビアに機能しています。

 

余談ですが、クラウドソーシング系のプラットフォームは、今後どんどん国境を超えてボーダーレス化していくので、ますますこの格差が広まっていくのは間違いありません。またその一部はAIやロボットに代替され、さらにこの動きは加速します。よく暗記教育の弊害が叫ばれる日本ですが、まさに「手段を教えてくれ=答えを教えてくれ」という発想をしているとコスト競争のレッドオーシャンで溺れることになります。

そこから脱出するには、自分の頭で目的からオリジナルな手段を考える能力をトレーニングする以外にありません。

 

ひるがえって、いきなりステーキの店舗スタッフの大多数が単価が安めのアルバイトだとすると「自分で頭を使って」というのは、少し無理筋なのかもしれません。

 

人件費の単価が安い=人材の熟達度が低い人が中心でオペレーションするなら、誰でも一定のクオリティが出せるようにマニュアル化(アクションコントロール)するマネジメントが必要です。

 

●シチュエーショナルリーダーシップで解ける問題

相手の熟達度に応じて、より手段に近い具体的な方法を伝えた方がいいのか、目的を伝えて手段を任せた方がいいのかを選ばないといけないという当たり前のことが、ここで見え隠れしているのですが、経営学好きな方はK.ブランチャードの「シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)」が思い浮かんだかも知れません。

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一瀬社長のメッセージに対して、なぜネガティブな反応とポジティブな反応が出たのかを振り返ってみましょう。

 

仮説として、この記事にネガティブな反応をした方は、無意識に同社のスタッフレベルを「Level1(教示的)」に近いアルバイトとして想定しています。つまり「従業員は手取り足取り教えてあげないと、やり方がわからない」ということを前提にしています。だから、自然に「言われなかったらできないでしょ」というリアクションになります。

 

逆にポジティブに反応した人は、無意識に同社の従業員(バイトを含む)の熟達レベルをもっと上に見ている可能性が高いと言えそうです。自分自身も頼まれた以上のアウトプットを出そうといつも考えている人だったり、実際に経営レベルでマネジメントに携わっている人にとっては、(言い方は別にして)「自分の頭で考えてください」という発想自体はごく当たり前だからです。

 

ここでは便宜的に「従業員マインド」と書いていますが、従業員でも経営者マインドを持って「自分ならこうしてやる」と思いながら仕事をしている人はたくさんいるのは、皆さんご存知の通りです。つまり個人のマインドセットの問題です。

 

●優秀な人に囲まれて働いてきた人が陥る罠

さて、ここで厄介なのは、自分が勝手に置いている相手のレベル(熟達度)に対する前提が無意識である点です。

いわゆる一流企業にいると、相対的に地頭が良い人が集まっており、それなりにマネジメントトレーニングも受けています。もちろん本人もその条件に当てはまります。そんな恵まれた環境では、役職が上に行くほど「目的」に近い指示を部下に出しておけば、部下が勝手に最適な手段を考えてくれるのが当たり前になります。

 

つまり部下が優秀なら、上司は方向性とスピード感だけ握っておけば、それなりに仕事が回るのです。

 

また目的を明確に言わずに、手段や問題点だけを指示したとしても「上司が望んでいるのがこういう目的に違いない」「きっとこういうことをやりたいんだな」と優秀な部下が勝手に忖度して仕事をしてくれるので、楽に仕事ができるようになります。

 

そして、その恵まれた特殊な環境下で機能する「常識」が、どんな条件下でも普遍的で正しいものであるという勘違いが生まれてしまうのです。

 

それがどんな結果になるかについて「あるある話」をご紹介します。一流企業勤めの人が独立してスタートアップを作った場合、初期の頃は、経験ある優秀な人を簡単にはリクルートできません。ところが大企業にいた時と同じ感覚で、バイトさんなどのスタッフに、大企業にいた頃と同じような大雑把なマネジメントスタイルを取ると、多くの場合、自分の期待値と相手のパフォーマンスのずれから、すぐにコンフリクトが発生します。

 

そして、自分の常識の方が、世間一般からずれていることになかなか気づかないが故に「なんでそんなことわからないんだ」「それは相手が馬鹿だからだ。」なとどいうとんでもない結論を出してしまうのです。

 

当然、そのうち、愛想を尽かしてみんなその人から去っていきます。

 

実は私もこの罠にハマったことがあります。それまで優秀な人たちに囲まれて仕事をしていて仕事もスムーズに回っていたので、なんとなくいい気になっていたのですが、30代の頃、その間違いに(強制的に)気付かされました。

 

きっかけは、仕事経験のほとんどない学生上がりの新人が自分の部署に配属されてきたこと。私はいつも通り「こういうことがやりたい」という目的だけ伝えて、手段については「工夫してやっておいて」とほぼ丸投げに近い状態で仕事を任せたのですが、全然仕事が進まないのです。

 

挙げ句の果ては、その新入社員が「若林さんは何もやり方(手段)を教えてくれない」と不満を持つようになり、突然やめてしまったのです。(当時その理由がよく分からなかったのですが、後でこの新入社員と親しかった人に聞いて、何が不満だったか分かりました。)

 

新人や経験が少ない人には、目的を共有するだけではダメで、具体的な手段(行動)もセットで教えてあげないとダメだったのです。(つまり、良かれと思って早い段階からいろいろ責任を任せていた私が、相手にとってはダメ上司に映っていたわけです)

 

●実は上司も上司の「目的」をわかっていない

サラリーマン時代のもう一つの気づきは、上司も、その上の上司の目的をわかっていないケースが結構あるということです。わかりやすい具体例を挙げましょう。

 

ある会社では、役員がいきなり主要な社員を会議室に招集し「今度、保養所を作るからカラオケルームをどこに設置すればいいか考えてくれ」というテーマを与えました。ほとんどの社員は、よく分からないけど、まあどこがいいかなと楽しくディスカッションしていたのですが、ある空気を読まない(?)社員が「ところで、このカラオケルームを作る目的はなんですか?」とその役員に聞きました。

 

一瞬その役員は凍りついたような表情をして、次の瞬間、烈火の如く怒り始めました。

 

君たちがとにかく言われたことを考えばいいんだ!(何か私に文句があるのか)

 

冷ややかな空気が流れ、みんなシーンとして固まってしまいましたが、そもそもなぜこの役員は怒ったのでしょうか。実はその役員も社長の「目的」をまるで分かっていなかったのです。つまり社長を「忖度」して社長に言われた「手段」をそのまま下に伝えただけだったのですが、その「目的」を改めて全員の前で質問されたことで、メンツを潰されたと思って怒ったのでした。

 

ただ、リアリティとして、こういう事が起こるのはしょうがないところもあります。実際「忖度」を要求する経営者はいますし、下手に自分で目的やKPIを設定して仕事をすると、その結果責任を問われることになるからです。逆に目的を曖昧にして手段を実行する=「作業」に終始しておけば、責任を問われるリスクは低くなるのです。

 

またそれなりの大企業では、目的&手段を「考える」上層部と、それを「実行する」現場にファンクションが分かれていることも多いので、与えられた手段をあまり深く考えずに実行することが思考の癖になっているのかもしれません。

 

これについては、下記のコラム(「仕事やってるフリ」ばかりしてた人の話。)が参考になります。

blog.tinect.jp

図解まとめ

今回の解説を図解するとこんな感じになります。

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▼部下に指示した時に・・・・

・結果1になる=理由:相手の熟達度が高い(対策:もっと任せて自由度を与える)

・結果2になる=理由:相手の熟達度が低い(対策:具体的な手段を伝える)

 

ということです。

 

重要なのは、このうまくいったり、いかなかったりする「条件」を明確にすること。

多くの場合、その条件付けは、本人の「無意識」にあるため、たとえば自分が指示した結果として「良い結果」が出ない場合、相手のせいにして怒るという対策をとりがちだということです。ただ(当たり前ですが)怒って熟達度が上がるわけではないで、このリアクションは間違いだということは明らかです。

 

最後にもう一度、一瀬社長はどういうメッセージを発するべきだったのか考えてみましょう。

 

もし実店舗のスタッフの多くが、比較的熟達度の低いバイトが大多数なのであれば、檄を飛ばすのではなく、もう少し具体的な行動や、指示を伝えるべきだったのかも知れません。逆にそれなりに経験があり、将来を嘱望される店長や幹部候補が対象だったのであれば、今回のメッセージはそれなりに効果的だったのかも知れません。

 

つまりメッセージを伝える相手の「前提条件(うまく行く境界条件」を確認することが必要だったのです。(もっといえば、一瀬社長をネットで非難している人も、自分の前提に気づかず、非難しているわけで、二重のズレが起こっています)

 

いずれにしても「人を見て法を説け」がぴったり当てはまる事例だといえそうです。

 

またネットは「前提」が違う大勢の人が見る可能性があるメディアであり、前後文脈を切り捨てて引用することで、わざと炎上させてビューを稼ぐ人もいるので、その辺りをどう考えるかが難しいところ。

いろいろ考えさせられるニュースでした。