大人の考える技術

若林計志が経営・MBAのフレームワークやマネジメント理論を応用しながら、ビジネス・社会問題を考察します

スリランカ経済危機の本質は観光客の減少ではなく「債務の罠」

深刻な経済危機に陥っているスリランカで、3月31日に最大都市コロンボでデモが起き、ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領の辞任を要求して、民衆が大統領の邸宅を包囲したという報道がされている。

この経済危機について、一部のメディアでは「コロナの影響による観光客減が原因」と報道しているが、これは半分当たっているが、ほぼ本質ではない。

 

スリランカ経済に占める観光産業の割合は12-13%前後、海外への出稼ぎ労働者からの送金がGDPの10%を占める。

 

したがって今回、海外からの資金の流入が減ったことが経済にインパクトを与えているのは間違いないが、もっと本質的な問題は、中国への対外債務が多すぎて、その利払ができなくなる「債務の罠」にコロナ前からはまっていたことにある。

 

スリランカは2009年の内戦終結までの26年間、分離独立派のタミル人(LTTE)とシンハラ人側(政府側)で血みどろの内戦を行なっていた。日本を含む各国NGOや国連機関は、このスリランカの内戦を終結させるために、現地でいろいろな努力を積み重ねており、2000年初頭にはソフトランディングでの内戦終結の兆しが見えてきたところだった。(私自身も2000年ごろ、現地でのNGO活動を通じて人生の一部はスリランカ停戦活動に投じた)

 

そんな当時、いきなり中国が「真珠首飾り作戦」「一路一帯」政策の一環として、当時のタカ派だったシンハラ政府側に大量の資金貸付と武器供与(戦闘機を含む)を行うというスタンドプレーに出た。その結果、現地のパワーバランスが一気に崩れ、シンハラ軍による凄惨な大虐殺が行われ内戦が終わる形となったのである。

 

当時大統領だったのがラジャパクサ氏。彼のタミル人の民間人を大量に巻き込んだジェノサイドは国際的に大きな批判を浴びたが、国内的には「内戦を終わらせたヒーロー」となった。この事もあってラジャパクサ氏自身は、自身を非難する日本や西欧から距離をとることになり、中国依存をどんどん深めていくことになった。

 

またラジャパクサ一族が、政府権力を利用して私腹を肥やしているというのも話も有名で国民は大体その事も知っているが、かつての日本のおける田中角栄みたいなもので、(実行力?)のある彼は国内的には人気が高く、それを許容していたというのがリアリティ。

 

地元の土建屋の利益誘導でわかりやすいのは、中国から(こちらも)莫大な借金をして建設した挙句、大失敗したラジャパクサ空港の事例を見るとわかりやすい。(昭和の日本の香りがする)

www.sankei.com

いずれにしても世の中はそんなに甘くなく、内戦を終結させるために中国からドカンと借りた借金が重石になっている。スリランカの対外債務の総額は510億ドル(約6兆4000億円)。そのうち対中債務は10%程度だが、その中には高金利な借金も目立ち、年利が最高6.3%にもなるものもザラだ。(日本の円借款が1%程度だからいかに高いかわかる。

 

また別途、中国国営企業からの借金もあるが、それは統計上、なかなか表に出てこない。)日経新聞(2022.7.22)には下記の記載がある。

 

実態を知るうえでスリランカの経済学者2人が6月にまとめた報告書が参考になる。財務省への情報公開請求を踏まえ、国有銀行からの商業融資も含めて推計したところ、対中国は昨年末で20%を占めた。小口に分散する国際ソブリン債(36%)を除けば、アジア開発銀行(15%)や世界銀行(10%)、日本(9%)を上回る最大の債権者だ。

 

いずれにしろ、ついには2017年に借金返済が実質不可能になり、主要港の一つであるハンバントタ港を99年に中国に明け渡す(借金のカタに取られる)事案が起こっている。中国は、ここを対インド戦略を踏まえた軍港にすると言われている。

 


そう、これが典型的な「債務の罠」であり、真綿で首を絞められるが如く、スリランカは徐々に中国化してしていく運命にある。(ただ「サラ金地獄」と一緒で、結局誰のせいかといえば、その責任はサラ金会社ではなく、借りた本人の問題であることは間違いない。中国は虎視眈々と国益増大の戦略を展開しているだけだから、ある意味あっぱれなのだ。

 

このラジャパクサ氏の過度な中国傾斜に警告を鳴らすがごとく、彼の側近だったシリセナ氏が反旗を翻して2015−2019年に大統領に就任し、中国依存を修正する政策を打ち出した時期もあった。しかしシリセナ大統領は政局の混乱で失脚し、その後は、前大統領であり兄のマヒンダ・ラジャパクサに代わり、弟のゴタバヤ・ラージャパクサが現大統領に就任している。(ちなみに兄は首相、末っ子のバシル・ラジャパクサは財務相である)

 

これは民主的な選挙による結果だから、スリランカ国民自身がラジャャパクサ一族に権力を与えることをもう一度選んだといって良い。

 

当然この弟ゴダバヤは、兄マヒンダを継承して中国傾斜路線を復活させることになり、シリセナ時代に締結した日本インドとの共同コロンボ港開発プロジェクトを白紙に戻したり、日本に委託した鉄道敷設計画をいきなり中国企業に乗り換えるなどの政策転換を行っている。日本の関係者は怒り心頭だが、自ら「債務の罠」に再びハマりにいったのである。

 

これがスリランカが「親中」と呼ばれるようになった所以である。

その後も、中国への依存度をどんどん加速していたところに、コロナ禍がヒットする形になった。

 

さて今後スリランカはどうなるのか?コロナ禍が終わったところで「債務の罠」が今後もずーっとスリランカを苦しめ続けることは間違いなく、このままだとスリランカの中国化は避けらない。

 

冒頭に紹介した暴動ニュースでは、国民がラジャパクサ大統領(弟)の辞任を要求している模様だが、彼が辞任したところでスリランカの状況は変わらないだろう。まさに、大多数の国民が自らが選んだ大統領が、日本などの善意を裏切って中国を選び、そしてその代償で苦しんでいるのが今のスリランカなのだ。

 

大好きな国だけに、見ていて本当に痛々しい。

 

日本の戦後独立はスリランカの第2代大統領ジャヤワルダナに負うところが少なくないのは有名な話だが、そのスリランカに日本はいつか恩を返すべきであると個人的には思う。ただ、ラジャパクサを支持する現在の大多数のスリランカ民度がアップしない限り、日本の声は届かないように思う。

 

ただ国際政治的に、スリランカが中国の準属国になるのは、好ましいことではないことは確か。もともと仏教国でもあり、親日国のスリランカに対し、チャンスが来たら日本はもっとコミットすべきだろうと思う。

PS 2015年、終戦後の経済復興が絶好調だったコロンボを訪れた(現地のよく知っている場所の不動産開発プロジェクトの案件をネットで見つけて、観光も兼ねて訪れたのである)。内戦当時も営業していて、駐在中によくお世話になったさくらレストランは健在だった。今はどうなっているのだろうか。

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さくらレストラン

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マジェスティックシティショッピングセンター

PS2

冗談のようなニュースが飛び込んできた。一番の元凶であるラジャパクサ一族が政権に留まり、他の閣僚をクビにするという話。国民の反応が気になる。

ベンガルール=共同】経済危機に揺れるスリランカで3日、閣僚会議が開かれ、ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領と兄のマヒンダ首相を除く26閣僚全員辞任が決まった。地元メディアが伝えた。