キングコング西野さんが箱根駅伝について面白い議論を展開している。その主張の骨子は、箱根駅伝が面白くない理由は、視聴者が「ランナー」と「ランナーの前を走っている白バイ」のスピードを無意識に比較してしまうからというもの。
つまり、涼しい顔で白バイがランナーを先導していると、視聴者は「マラソンってそんなにスピード速くないんじゃないの」と感じてしまう。
ではどうすればよいか?西野さん曰く、白バイでなく、ママチャリで先導すれば良い。
電動自転車でも時速20キロで1時間も漕いでいられないから、ママチャリを必死で漕ぐ先導者の顔と、ランナーが比較されることで、どれだけ箱根駅伝が大変かがよく伝わるというのである。
さて、この主張には「比較」という重要なマーケティングメッセージが含まれている。
以前、ビジネス講義番組の動画販売のマーケティングを数年ほど担当したことがある。販売しているカリスマ先生の講義を実際にリアルで受けると、2日コースで50万円はかかるのだが、動画では、6時間分で39,800円。めちゃくちゃお得である。その上、
・何回もリピートして見られる
・スマホでもPCでも見られる(時間も場所を制約しない)
など、リアルにはないメリットも多くある。ところが、ビジネス講義番組を動画で売るのは至難の技だった。なぜか?
講師に質問ができないからだろうか。答えはNOである。というのも、実験的に動画を買った人限定で、講師への質問を受け付けるシステムを作ったが、売り上げにはそれほどプラスにならなかったからである。(実際には、大勢が集まる研修で講師に質問をする人は100人のうちせいぜい10名ぐらいなので、参加するだけの人は、動画を見ているのとほとんど変わらない。)
同じオンライン学習プログラムでも、スカイプなどを活用したマンツーマンの家庭教師プログラムや英会話であれば、もう少し単価は高く設定できる。人件費がかかっている事をユーザーも知っているし、授業がカスタマイズされることに価値を認めているからだ。
では、どうすればビジネス講義番組を高く売ることができるのか?
そう考えると、ユーザーはコンテンツ自体よりも、大勢の中で受講している「雰囲気」にバリューを感じていることが分かる。つまり気分の高揚だ。
ライブ中継で見られるコンサートを、わざわざ高いお金を払って会場まで観に行くのは、雰囲気にお金を払っているからといえる。
ビジネスで言えば、東進ハイスクールなどは早くから、衛星中継や動画講義を提供している。うまかったのは生徒のスマホではなく、全国の各教室内のブースで見るのを基本とした点。これならばリアル授業を受けるのと比較されるので、ある程度高くても価格を正当化できる。(その上、動画であれば、1.4倍速で学習できるので、効率よく勉強できる!)
私はかつて代ゼミ生@岡山だったが、当時、岡山校で生講義を受けるのと、東京のカリスマ講師の授業を衛星授業(サテライン)で受講するのでは、授業料は変わらなかったと思う。でも、人気講師の講座は常に行列待ちだった。
ところが、ここ数年大成功しているリクルートの「スタディサプリ」は月額980円という価格設定となっている。スマホ動画で映し出される先生の授業をリアルで受けたら、おそらく1万円以上はかかるのを考えると、10分の1の価格設定だ。
これぐらいの価格差であれば、ユーザーは十分な価値を認めてくれるのだろうと予想できる。(提供側としてはスケールメリットで利益を得るか、オプションを売って儲けることになる)
実際このようなルール・ブレイカーが登場すると業界全体の構造が一気に変わってしまう。
ではビジネス講義番組は何と比較されるのか?
答えは明らかで、地上波のビジネス番組である。
NHKスペシャルや、BSドキュメンタリーなど、地上波でも番組を選んで見れば、かなりバリューの高い番組が「無料」で見られる。テクニカルにはNHKは受信料が必要だが、ユーザーは決してリアル研修とは比べてくれないのである。
またTEDでもYouTubeでも優良なコンテンツは掃いて捨てるほどあるので、よっぽど差別化しない限りは、無料コンテンツに勝てない。
さらに最近はハーバードやスタンフォードがMOOC(大学の大規模無料講義/Massive Open Online Courses)で、これでもかというほどハイクオリティな動画を大量供給しているのである。
Massive open online course - Wikipedia
では、ビジネス講義番組をどんな戦略で「有料」で売ればいいのか?
答えは「ポジショニングを変える」ことだ。
つまり、「講義動画自体を売るのではなく受講体験を売る」方にシフトすることで、比較対象を無料動画ではなく、大学の授業やビジネスセミナーの方に変えるのである。
MOOC(大学の大規模無料講義)でも、単位を取ろうと思うと有料課金となり、ディスカッッションコミュニティに参加したり、レポートの提出を求められる。そこから、学位取得の道が開けると思うからこそ、お金を払うのである。
それ以外には、360度ライブ中継や、AR、VR、MRなどの駆使して、デジタルで「雰囲気」を再現してしまう方法も考えられる。ただし技術的に考えて、これはあと数年は実現しないし、システム利用料も当初はかなり高いだろう。したがって最初はコンサートなど大規模イベントには使われるはずで、ビジネス学習プログラムなどに手軽に使える価格に落ちてくるのはだいぶ先だ。(と言っても5−6年だと思うが。)
したがって現実的には学習コミュニティを作って
「受講体験を売る」
方が商売になる。いずれにしろ重要なのは、消費者が何と比較してサービスを買うのかを見極め、自分がユーザーに比較対象にして欲しいライバルが満たしている「ニーズ」を発見することだ。
それを違った形で実現し、価格に対して圧倒的なバリューを提供できれば、競争に勝つことができるということになる。