大人の考える技術

若林計志が経営・MBAのフレームワークやマネジメント理論を応用しながら、ビジネス・社会問題を考察します

ChatGPTの先に見えるAIが教える教室

ChatGPTが面白すぎるので、色々いじっていたら、約10年前のある苦い経験を思い出した。

 

2010年某日、私は当時勤めていた会社の役員達(社長と役員3名)を前に熱くプレゼンを行っていた。それは、当時責任者だったオンラインMBAで使用していた対話型学習プラットフォームを、画期的に進化させるアイデアだった。

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この「オンライン学習プラットフォーム」は当時からかなり画期的で、単なる学習管理のためのLMS(Learning Management System)にとどまらず、学生たちが毎日のようにユニクロ、アマゾンといった企業戦略について、いろいろな意見を書き込み、熱い議論を交わしていた。

 

もちろん講師もそのクラス議論に参加し、独自の知見を書き込みながらファシリテーションを行い、全員に気づきを与えていく対面教室以上の「サイバー教室」となっていた。

 

私はこの「オンライン学習プラットフォーム」の開発段階から関わり、10年以上統括責任者として、全クラスをオブザーブする立場にあり、その経験を通じてクラスディスカッションには一定のパターンがあることに気づいた。

 

例えば「経営戦略」のクラスで、基本的なフレームワークについて学んだ後、ユニクロのグローバル戦略についてディスカッションする場合、学生から出される論点のパターンは、多くて10個程度に集約される。

 

講師はその議論の流れをうまく読んでファシリしながら、学生が陥りがちな「盲点」を指摘し、AHA!という気づきを与える訳だ。

 

ただ、MBA一年目で習う基礎科目は、どうしてもインプットが多く、内容がパターン化しやすくなる。もちろん初めての学生にはフレッシュなのだが、講師のほうは、何年も同じ内容を教えているので、どうしてもマンネリ化したり、飽きてしまう。

 

そこで一つの解決策を思いついた。

オンライン上のディスカッションには、学生達と先生がやりとりしたログ(履歴)データがすべて残っている。そこで膨大なログをすべてエクセルに落とし、関連項目ごとに整理した。

 

そして、学生が投稿した質問や意見に応じて、過去の講師による返信投稿から、すばやく関連したものを見つけ出し、文脈によって多少編集した上で、過去の発言として引用投稿するようにしたのだ。

 

いってみれば「人間チャットボット」のようなものだと言える。

 

結果は大成功。

学生はまさに自分の発言に対して、講師の卓越した知見にダイレクトに触れることができるようになった。これにより感覚値としては80%ぐらいの発言や質問は過去ログでカバーできるようになり、満足度もアップ。また講師も新しい知見の開発や議論に集中できるようになり、まさにWin-Winとなった訳である。

 

私はこの経験をベースに、

 

1)学生の投稿をチェックする
2)それをトリガーとして、過去の関連投稿から類似のものをサーチする
3)それを編集してレスする

 

という一連のプロセスを自動化できれば、講師の仕事の大部分はオートパイロットにできると考えるようになった。その実装に向けて「研究チームを作らせて欲しい」と役員に直談判した訳である。

 

結果は・・・大失敗だった。

 

途中から議論が熱を帯びてきたが、同席していた役員は一言も喋ることなく、私と社長による一対一の激しいやり取りが1時間近く続いたが、提案したコンセプトの価値は理解されることなく、非現実なアイデアとしてお蔵入りとなった。

 

何人かの同僚は飲みの場でなぐさめてくれたが「完全敗北」と言ってよかった。

 

今になって考えれば、当時の提案は、短時間で理解してもらうには、ラディカルかつ最先端すぎたのかも知れない。そもそも当時は実用レベルでAIの存在自体は一般的ではなかったし、ましてやAIチャットbotのような存在もほぼ認知されていなかったのだ。

 

また「先生がいらなくなる」というメッセージも間接的に含んでいたので、そこは「先生が新しい知識の開発に専念できる」といった、上手い言い回しもできただろうと思う。(当時は本当に純朴な青年すぎてストレートにものを言いすぎた。)

 

さて、それから10年の時が流れて2022年。

ChatGPTは、当時私が考えたアイデアを早期に実現できる可能性を示し始めた。いまでもうまく回答を引き出す「プロントデザイン」をしっかりやってあげれば、かなりナチュラルな会話ができるようになっている。

 

ただ面白いのはここから。いまのChatGPTはオールラウンダーな物知り、悪く言えば没個性な対話ロボットだ。だが、これから数年で、エンベッティングテクノロジーが進化して来ることで、ChatGPTの「個性化」が確実に進む。

 

ある種の得意分野や”人格”っぽいものを持つようになる。

 

ビデオゲームの「龍が如く」シリーズが、哀川翔などの個性派俳優と提携して、画面上のキャラに個性をもたせたことで、一気にリアリティがアップさせることに成功したが、同じようなことがChatGPTでも再現されるというわけだ。

 

 

例えばマーケティングの神様、コトラーの著書数冊を、丸々教師データとしてChatGPTに学ばせることで、ChatGPTがコトラー先生に成り代わって会話する「デジタルコトラー先生」になる。そういう未来がすでに見えているのである。

 

それをソフトバンクのペッパーのような人型ロボットに実装すれば、よりリアルになるはずだ。

 

ただ、早い遅いはあるかも知れないが、方向性が正しければ似たようなアイデアはいつか誰かが思いつく。ジョブズが発明しなくても、スマホいづれ誰かが作ったに違いないが、そのアイデアを実際に形にして実装した人が一番偉い

 

そしてそれをみて多くの人が言う。「自分もはじめからそのアイデアを持っていたのだ」と。

 

あと10年経ったら、教育とテクノロジーを組み合わせた「Edtech」の景色は今とは全く違っているに違いない。

 

個人的には映画「マトリックス」のように知識をダウンロードするような世界に近づき、「教育」という概念そのものが揺らぐと思うが、それを聞いたおじさん、おばさん達はきっと言うだろう。

 

「そんなものは実現性がない」と。

 

そして、その予想ははかなりの確率で外れる。その時、彼らは必ず言うはずだ。「元々こういう時代が来ると私は思っていた」と。

 

どこの世界でも同じだが、過去に否定されたアイデアが、数年後にしれっとパクられるケースは無限にある。私も何度もそんなシーンに直面したが「ごめん、あの時の判断間違っていた」と言われたことは一度とない。ただ世の中、そんなものだ。

 

結論としては、ビジョンを持ったら、人生の貴重な時間とエネルギーを、そのビジョンを理解できない人たちを一生懸命に説得したり、教育することに使うより、同志を見つけて新しい道をしなやかに踏み出し、実装したほうが早い。なぜなら、世界にはさらに先を考えている人もたくさんいるのだから。

 

いずれにしても、今になってみれば、この一件は、直属のボスでもあり、業界の大御所でもあった相手にサシの状態で真っ向から持論をぶつけて議論した貴重な経験になった。

 

また、これがきっかけになって、新しい道を踏み出し、現在の「FlowPAD」開発運営につながることになったのだから、結局正解だったのだろうと思う。

 

ただ面白いことに、その後、社長は私に一目置いてくれるようになり、会議で「若林はどう思う?」と、ことあるごとに意見を求めらるようになった。

 

当時の経営会議は、役員を筆頭に、社長のありがたい御信託を拝聴するような雰囲気で「何が意見のある人は?」と言われても「シーン」としていたから、外資系コンサル代表だった社長にとって、空気を読まずにいろいろ発言する私は、割と貴重な存在だったらしい。

 

近い将来「シーン」とした会議をするぐらいなら、必ずレスをくれるChatGPT相手のディスカッションの方が生産的だと考えられる時が来るかも知れない。