大人の考える技術

若林計志が経営・MBAのフレームワークやマネジメント理論を応用しながら、ビジネス・社会問題を考察します

苦労して仕事をしてきた人ほど陥る思考の罠:情熱とパワハラの間

私はかつてベンチャーに在籍していたが、当時社員が10名ぐらいだった職場では、毎日あちこちで問題が勃発し、それを力技で解決するといったことが日常茶飯事で行われていた。

 

当然ながら、私が責任者だった部門も同じような状態で、いろんなところで火を噴く問題を早期鎮火するために、ほとんど24時間臨戦態勢で働いていた。

 

時間との勝負の中で問題をやっつけるために、長時間労働になるのは仕方がなかったが、それを誰かに強要されているわけでもなく、新規事業を作っていくという仕事があまりに面白く、高いミッションと、一種の熱狂の中で働いている状態が楽しく、毎日があっという間だった。

 

しかし、そのような「ノスタルジー」を引きずったまま企業が成長すると、いろいろなところで歪みが発生する。

 

すき家」がケースがまさにそれだった。

2014年、ワンオペに代表される「ブラック企業」として世間に叩かれまくったすき家ゼンショー)の第三者委員会の報告書に、興味深い記述がある。

 

読んでみると、自分にも思い当たる節がめちゃくちゃあり、対岸の火事として読める内容ではなかった。むしろ「苦労してきた人ほど陥る思考の罠」と言ってもいいぐらいの内容だと思う。 

「 自己の成功体験にとらわれた思考・行動パターン 経営幹部は、強い使命感と超人的な長時間労働で、すき家を日本一にしたという成功体験を共有しており、部下にもそれを求めた。 経営幹部は、単に営利のみを追求しているわけではなく、「24 時間、365 日営業」の 社会インフラ提供という強い使命感をもって働いているのは紛れもない事実である。

 

しかし、この使命感は「自分たちが昼夜を問わず働いたことで今の地位を築いてきた」という自らの成功体験と不可分のものであり、そこにはすき家にとって重要なステークホ ルダーである従業員の人としての生活を尊重するという観点が欠けていた。

 

しかも、「できる社員(=自分)」を基準にした対応を世代も能力も異なる部下に求めるという無理 のあるビジネスモデルを押し通そうとした。 過去の成功体験にとらわれた経営幹部は、巨大化したすき家に対する新しい時代の社 会的要請(コンプライアンスCSR を実践して発展すること)を理解できなかった。」(P35) 

ゼンショー第三者委員会からの調査報告書(PDF)

 

まさに「パワハラ」と「情熱」は紙一重だ。

 

そもそも新事業を作るということは、多かれ少なかれ、既存の枠組みにケンカを売る要素を含む。したがって、理念的な結合の強さや使命感、スピード感を求められるのは当然だ。

 

だから、創業者や中興の祖などが設定した経営理念には、電通の「鬼十則」のような、強いワードが並ぶ。それらを

 

宗教的

 

と揶揄する声もあるが、むしろそれぐらい強い理念集団を目指したからこそ、ほとんどの会社が潰れる中で、厳しい競争をサバイブできたと言えるし、その総和として戦後の日本の復興があったとも言える。

 

しかし、オーバーシュートしすぎると、すき家のような状態に陥る。人の命に関わるような取り返しのつかないような問題も起こる(ワタミなどはその実例)。だからマネジメントに関わる人は、見て見ぬ振りはできない問題だ。

 

だが、このバランスをどう取るのかは極めて難しい。

 

ある意味「ブラック」というのは主観なので、働いている当の本人がそう感じなければ良いのかも知れない。しかし、仕事は内部・外部を含め、様々なステークホルダーとつながっている。

 

したがって誰かが巻き添えになる可能性は常にあり、全員が満足という訳には行かない。

 

もちろん、市場環境に大きな変化がなく、完全にルーティンで仕事ができるのであえば「ブラック」化するリスクは避けられるかも知れないが、そんな仕事は多くない。

 

そして「標準化」が容易な仕事ほどアウトソースされたり、RPAやAIによっていずれ置き換わる。

 

かつてはアンダーグラウンドで行われていた”バイトテロ”がSNSでバレるようになっている現在では、さらにこの動きは加速するに違いない。

 

また十分に準備していたとしても、厳しい納期とコスト要求の中で、現場で起こる不確実性を吸収しようとすれば、どこかで力技が発生するのはある程度避けがたい。

 

新規事業ともなれば、仕事の見積もり自体が難しいので、さらに難易度は上がる。

 

働き方改革」が叫ばれる中、ブラックにならない新規事業の運営には、どういう方法があるだろうか。

 

もちろん一人会社や、10数名のベンチャーであれば、全員が理念集団になるのは比較的簡単だが、組織規模が大きくなり「マネジメント」が出てくれば、必ず「すき家」のように別のレイヤーの問題が発生する。

 

いっそのこと、プロのフリーランスを結集してバーチャルカンパニーを作るとか、副業解禁で余裕と実力のある人にどんどんアウトソースするとか、そっちの方向はありそうだが。

 

この辺りをもう少し研究したい。