大人の考える技術

若林計志が経営・MBAのフレームワークやマネジメント理論を応用しながら、ビジネス・社会問題を考察します

多数=正義ではない。テレビ番組のサマリー記事にミスリードされないように気をつけよう

昨日、たまたまつけたテレビ番組(TBS系「消えた天才~超一流が勝てなかった人大追跡」)で、国母和宏さんのドキュメンタリーをやっていました。

 

オリンピック選手としてバンクーバーオリンピックに出場したときの服装に非難が殺到したことで一躍有名になりましたが、現在はプロスノーボーダーとしてエクストリームスポーツの世界で活躍しています。

 

子煩悩な家族との生活の様子は微笑ましかったですし、危険と隣り合わせの現在の仕事で、彼は彼なりのスタイルで生きているので、それはそれでアリかなと思いました。

 

www.youtube.com

 

ところが、本日Yahoo!ニュースを見たら、かなり違和感のあるサマリー記事(ソースは「サンケイスポーツ」「スポーツ報知」)が出てきました。

 

国母和宏氏、腰パン騒動に後悔なし「自分のスタイルほど大事なものはない
8/27(日) 20:44配信

 

www.sanspo.com

 

偏見をもって記事を書く(&写真を引用する)と、印象操作できるのだなと改めて”感心”しました。

 

確かに彼は、番組中で当時の騒動を振り返って「後悔はない」と語っていたのですが、それは「自分にはこういう不器用な生き方しかできない」というのが本来の意図でした。

 

ところがこの記事のようにサマリーすると印象が逆になります。

 

さすがにスポーツ新聞の記事にミスリードされる人はそんなにいないだろと思いますが、記事のコメント欄を見ると、完全にミスリードされている人が結構います。

 

そして、おそらくこの記事を書いたライターさんも、掲載メディアの意向を組む形で記事を作成したのだと思います。

 

同じような話で、少し前に脳科学者の茂木健一郎さんが「日本のお笑いはオワコン」とツイートして物議を醸したことがありました。

 

芸人側の反論は、総じて

 

テレビ番組は、スポンサーや局、視聴者(視聴率)で成り立っているので、演者が政治風刺などをしようとして勝手にできるものでない

 

というものでした。確かにその通りで、ワイドショーのコメンテーターでも同じですが、基本的には制作側が喋ってもらいたいことを喋ってくれる人をキャスティングします。

 

そして「制作側が喋ってもらいたいこと」とは大衆に受けることです。

 

つまり「世間の空気を忖度する」わけです。

 

そして、そしてその大衆が、制作側に影響を及ぼし、相互スパイラル状態になって、かつての「魔女狩り」とか「文化大革命」など、

 

基本的には自分の価値観を合わないものを徒党を組んで排除するというムーブメントに発展します。

 

これから、少子高齢化がどんどん進み、貧困層の問題もかなり具体的な社会問題となってきます。そして彼らがマジョリティを占める視聴者だとすると、自分の苦しい状況を誰かのせいにしたくなる衝動にかられ、「敵」が設定されます。

 

その「敵」が誰になる(敵にされる)のは誰かが大方予想がつきます。

 

例えば”騒音施設”として保育園に反対するシニア層がマジョリティになれば、メディアはそちらの味方になるでしょうし、貧困層が増えれば、お金を持っている人たちが、貧困層を搾取する「悪」っぽく扱われるかもしれません。

 

出生率が低い中で、妊活に成功した芸能人が「いい気になるな」とバッシングされたり、優先席に座る妊婦さんが同性の女性に嫌味を言われたり、「通勤時間に電車にベビーカーを載せるな論争」が起こるようなことも、今後はもっともっと増えそうな気がします。

 

誰かが意図的に仕掛けた炎上に加わってうまく利用され、結果的に加害者になることもあるだけに、メディアリテラシーを鍛えて、ミスリードされないように気をつけたいものです。