久しぶりに本を読んで熱くなった。
読んだのは『「最高の授業」を世界の果てまで届けよう」という一冊。
「最高の授業」を、 世界の果てまで届けよう (2013/06/11) 税所篤快 商品詳細を見る |
筆者である税所さんは、元々落ちこぼれの高校生だったのだが、「今でしょ」の林先生でも有名な「東進ハイスクール」のDVD授業を受けて奮起。見事に早稲田大に合格した。
「カリスマ講師の映像授業」
というやり方の素晴らしさに確信を持ったその後の税所さんの行動が素晴らしい。
発展途上国(バングラデシュやヨルダンなど)を駆け巡って、その国のカリスマ講師を探し、その先生の講義DVDを作って、農村部などの貧しい学校に提供することで、教育格差を解消しようという「ドラゴン桜」プロジェクトをスタートしたのだ。まさに「東進ハイスクール」の発展途上国版を実現しようとしているのである。
また持ち前の行動力で、一橋の米倉先生や、民間校長による教育改革で有名になった藤原和博さんをメンターにしているところも素晴らしい。
この本を読んで熱くなったのは、私も昔からまさに似たような事をやろうと思っていた(いる)からだ。
私の場合は、高校生の時に「代々木ゼミナール」のサテラインゼミ(衛星授業)見て大きなインパクトを受けた。古文の土屋先生、英語の西谷先生、現代文の出口先生など、代々木本校で行われるカリスマ講師の講義が、岡山校の大スクリーンでライブ中継されるのを見ながら、
「受験勉強ってホントはこんなに面白いものだったか」
と武者震いした。
その感動はその後のキャリアにも影響している。
アメリカで大学を卒業しワシントンD.C.のシンクタンクで働いた後、私は
「日本予防外交センター(その後、「日本紛争予防センター」に改名)」
という国際NGOのスタートアップメンバーに加わった。
ミッションは世界各地の紛争地に出かけていき、対立の根本的な問題を解決する糸口を探る事、そして和平への具体的プランを作って実施(インプリメンテーション)することだ。
その仕事の中で、パレスチナの難民キャンプを訪れた際に知ったのが
「アクロス・ボーダー・プロジェクト」(The Across Borders Project/ABP)
である。
私が訪れたベツレヘム南部のデヘイシェ難民キャンプ(Deheishe Refugee Camp)では、パレスチナ人による「イブダ文化センター」というNGOが活動していたが、まさにイブダはABPの拠点だった。
第3次中東戦争(1967)後、イスラエル政府はガザ地区やヨルダン川西岸地区にいるパレスチナ人がお互いに結びついて勢力を強めるのを恐れ、彼らを意図的に分断する施策をとった。その結果、デヘイシェのような難民キャンプが多数生まれた。
パレスチナ人達は家族や親戚が離れ離れになったり、難民キャンプから自由に移動できなくなったりしている。難民キャンプはちょうど監獄と同じような状態であり、当然ながら教育も医療などすべてが遅れている。
このような状態を、インターネットの力を使って変えようというプロジェクトが1999年に始まったABPだった。
私が現地を訪れた当時は2000年で、まだまだ通信インフラが整っていなかったが、インターネットを使って58の難民キャンプをネットワークしようという画期的なアイデアには大きな将来性を感じた。
もちろん、ABPの向かう先には、ビデオ会議システムを使ったテレビ電話、医療支援や、学校教育ビデオの配信もあった。(当時はSkypeもYouTubeもなかったが。)
後日談だが、ABPは2005年に頓挫してしまっている。財政的・政治的な理由があると言われているが、イスラエル政府から見れば、パレスチナ人同士がネットでつながる事は安全保障上好ましくないことは明らかだった。(詳細はこちら)
その理由もあってか、ABPの拠点は何度も襲撃を受けていた。イブダにあったパソコン部屋も、私が訪問した数ヶ月後には、メチャクチャに破壊されたという連絡があった。
その後、私は
「非営利団体であっても、きちんと儲けるハードなビジネススキルがなければ、継続的な活動は出来ない」
と考えるようになる。多くのNGOは寄付金やクラウドファンディングをベースに活動しているのだが、それだけではどうしても活動が不安定になりやすい。またドナー(寄付者)に対して費用対効果の説明責任もあるし、現地の経済発展に貢献しようと思ったら、プロレベルのマーケティングやマネジメントのスキルが必要になる。
例えば、貧困地域で伝統工芸を復興させ、それを先進国で売るようなビジネスモデルを作ろうと思ったら、どんな製品をいくらで誰に売るか、といったビジネススキルが絶対的に必要になる。(かわいそうな人たちが作ったものだから、粗悪品で、欲しくないものでもお慈悲で買ってください、というモデルではダメなのだ。)
そのためには、
善意の「ボランティア」ではなく、結果を出す「プロフェッショナル」の技術
が必要なのだ。(もちろんボランティアはボランティアで必要なのだけど。)
またNGO組織は自律した個人の集まりであり、一般の会社組織に比べ、報酬や権威で人をマネジメントするのが難しい。これもマネジメントを学びたいというモチベーションにつながった。
そこで、私はMBAを取得を目指すことにしたのだが、いろいろなご縁があってオーストラリアのボンド大学と、映像授業とインターネット上の議論をベースにした新しいオンラインMBAプログラムを立ち上げ、運営を10年以上担当することになる。
海外トップビジネススクールと組み、国内外のベストな講師が結集するMBAを作り上げる日本初の試みは、まさに「社会人バージョンの代ゼミサテラインゼミ・東進衛星予備校」をつくるような仕事だった。だが、このプログラムも開講当初は
「映像では生の講義の迫力は伝わらない」
「やっぱり教室でないと指導できない」
などといろいろな人に指摘された事も確かだ。(税所さんの本でも「映像で授業は無理でしょ」と講師に言われて苦労をしたシーンが出てくる)
だがたくさんの方々のご協力があり、Eラーニングのポテンシャルを引き出すために改善に改善を重ね、10年後には「オンラインの方が理解が深まる」と多くの人に言っていただけるまでにプログラムは進化した。また2013年には念願の認証(AACSB)を取得している。
最近は大学による無料大規模授業(MOOC)がだんだん大きなうねりになってきているが、高等教育のデジタル化は今後もどんどん進んでいく。そして、その流れは発展途上国にこそ、大きな恩恵をもたらすはずだ。
実際にMOOCで勉強したモンゴルやパキスタンの高校生が、その能力を認められてアメリカの大学に奨学金で進学したような事例がどんどん出てきており、この流れが今後加速するのは間違いないだろう。
高等教育のオンライン化がもたらす「衝撃の未来」(上)
映画「ロッキー」やアニメ「明日のジョー」に見られるように、お金のない青年が成り上がろうと思ったら、ボクシングとか、アメリカならバスケがその手段だった。
それが今後のMOOCに発展によって「勉強」に置き換わる可能性すらある。そういう意味で、まさに社会を変革する「デジタル教育革命」が起こりつつあるのだ。
2008年にシリコンバレーで大成功したベンチャーキャピタルの原丈人さん(アライアンス・フォーラム財団会長)が、バングラデシュで面白い試みをしているのがフジテレビの報道番組で紹介されていた。
バングラデシュ最大手NGOであるBRACと原さんの財団が共同で行う「bracNetプロジェクト」は、低速回線でもハイクオリティなビデオ映像が送れる最先端技術(VDX)を使い、首都ダッカと農村部をつないで、情報格差をなくそうという試みだ。
このBracNetプロジェクトが画期的だと思うのは、収益ビジネスを目指している事である。日本から資金を持ち出して援助するのでなく、まさにビジネスとして現地で利益が出るようにする事がポイントだと個人的に思う。
平たく言えば、「それで食っていける」ということ。
そして(日本でもそうだったが)映像授業は必ず「Eラーニング」の方向に向かって進化する。つまり映像を見るだけでなく、それをベースにクイズを解いたり、みんなで議論をするというフェーズに進む。同時に学習効果の裏付けや、モチベーションの維持などのより高度な技術が求められる。
余談だが、私はスリランカを現地調査した際のレポートで、対立する民族(シンハラ人・タミル人)の信頼関係を構築するためのインターネット掲示板を作るべきだと提案した。その後、2000年4月に掲示板方式の対話ディスカッションボード(DWCW)が実際に設定され、それなりに成功を収めた(結果が出たとき、すでにNGOから離れていたが。)
どちらにしても、発展途上国におけるIT活用、それも教育は大変面白い分野だと思う。税所さんのE-educationの取り組みや、原さんのBracNetの活動など、いろいろなものが融合して新しい社会貢献のカタチ、そしてビジネスモデルが生まれる日も近いに違いない。
私も、近いうちにこの分野で何か貢献できないかなと考えているが、そんな思いを改めて意識させてくれるとても良い一冊だった。