大人の考える技術

若林計志が経営・MBAのフレームワークやマネジメント理論を応用しながら、ビジネス・社会問題を考察します

学習コミュニティのマネジメント(正しいEラーニングの作り方 その4)

私たちが社会人になって

「これは人生で大切な事を学んだな」

「自分って成長したな」

と思うような学びの瞬間は、一体どんなときに起こっているでしょうか?

米クリエティブリーダーシップセンター(Center for Creative Leadership)の Michael M. Lombardo とRobert W. Eichingeの研究によると、我々の学びはおよそ「70:20:10」割合で構成されています。

具体的には、


70%は、実際の経験を通じた学び

20%は、周りの人からのフィードバックや観察、コーチングなどによる学び

10%は、講義など正式なトレーニングを通じた学び(フォーマルラーニング)


です。言って見れば90%(70%+20%)の学びは、実体験を通じて恥をかいたり、悔しかったり、喜んだりしながら習得しているのです。(=インフォーマルラーニング)

おそらくこの数字は読者の皆さんの経験を振り返っても、納得できるものではないでしょうか?

ゴルフやサッカーの上達本を読んでも、コースに出たり、試合をやってみないとうまくなりません。起業する際に事前に本やレクチャーで学べる事と、実際にビジネスをスタートして経験を通じて学べる事は質量ともに違うのと同じです。

このように実社会との関わりのなかで学ぶ事を「ソーシャルラーニング(Social Learning)」といいますが、e-learningも、このことを念頭においてデザインしていく必要があります。


「ソーシャルラーニング」入門 ソーシャルメディアがもたらす人と組織の知識革命「ソーシャルラーニング」入門 ソーシャルメディアがもたらす人と組織の知識革命
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トニー・ビンガム、マーシャ・コナー 他

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もちろん講義などのフォーマルな学習が10%という低い割合だから役に立たない、不要だと言っているのではありません。

むしろその逆です。そこで学んだ事を、実際に使ってみて、実体験に落としていく事で、はじめて10%は何倍もの価値を発揮します。そして10%が良質であればあるほど、その効果は倍増するのです。したがってeラーニングの設計者としては、自然にそういう流れになるように、全体をデザインする必要があります。

もし、そういう設計になっていないと、10%の知識は10%のままとなり、そのうち忘れてしまうことになるでしょう。

前々回のコラムでeラーニングは3つの基本形があると説明しましたが、10%の講義による学習は、主に「紙の延長線上」タイプで学べるものです。

Eラーニングタイプ

しかし、そこを越えた部分は、「スキル伝授」「知識創造」タイプで学ぶべきもので、その手法の中心になるのが、「学習コミュニティ」(Learning Community)内におけるディスカッション/対話です。


●「学習コミュニティ」を作る

eラーニング上でコミュニティを作るのは一見簡単です。例えばフェイスブックのグループページを使えば、すぐに「学習コミュニティ」を作れます。ところが、それが侃々諤々と議論するようなコミュニティになるかといえば、そう簡単にはいきません。

オンライン大学や企業の人材育成プログラムとして、オンライン上に「学習コミュニティ」を作る際も、場所を作ったら勝手にコミュニティが盛り上がって、情報交換が行われるかと言えば、そう簡単には行きません

ではどうすれば良いのでしょうか?

そのヒントになるのが「正統的周辺参加」というコンセプトです。

これはレイヴとウェンガーが著書「状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加」で提唱したアイデアで、英語でLPP(Legitimate Peripheral Participation)といいます。


状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加
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これをかなりざっくり説明すると、何らかのコミュニティがあるとき、その中心にいるのが、そのフィールドのエキスパート達だとすると、新参者は周りから様子を見ながら、だんだんと中心に向かって学んでいく過程こそが「学ぶ」ことなんだという考え方です。

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たとえば、もしあなたが新しい勉強会に参加したとしたら、通常は元々の参加メンバーを無視して、初回からどんどん発言したりはしないでしょう。まずは黙って、どんな雰囲気の集まりなのか、誰がどんなレベルの発言をするか、などを注意深く観察するのが普通です。それも立派な学習です。

そして回を重ねるごとにだんだんと雰囲気に慣れていき、周りのメンバーとの関係を構築しながら必要な知識を学び、だんだんとそれなりのレベルで適切に発言できるようになっていくのです。そのような学びは、フォーマルな学びと比べると、「今日はこれを学んだなあ」と本人も意識しないような社会的な学びなのです。

●ケースメソッド(Case Method)というやり方

よくハーバードビジネススクールで発祥し、日本でも慶應グロービス、もちろんボンド大学でも採用されている「ケースメソッド」という手法があります。これは企業の事例を短くまとめた「ビジネスケース」を読んで、

「自分がその中に出てくる人(社長)だったら、どう経営判断するか」

について、教室内で意見を戦わせるやり方です。このケースメソッドのキモになるのが「学習コミュニティへの貢献意識」です。

つまり一人ひとりが、クラス全体の学びを深くしようときちんと準備してきて積極的に議論に参加することが、クラスの質を上げるのに極めて重要なのです。そしてこの「貢献したい」というプロセスを通じて、それぞれが学んでいるのです。

●はじめは黙っていても良い

このような学習プロセスは、別にこれはオンラインのコミュニティに限った話ではなく、どこでも同じです。ただし実際にリアルで会う会合であれば、新参者が黙っていても、他の参加者の話を聴いている様子が間接的に分かります。ところがオンラインの場合は、そうはいきません。

黙っていると、見かけ上はまったく存在していないのと同じに見えてしまうのです。だからといって、積極的に参加を促せばいいかといえば、そうも言えないのです。

ここで、「オンライン学習ファシリテーター(OF)」が必要となります。OFの役目は、基本的にはフェイストゥーフェイスでの会議でファシリテーションと同じです。たとえば、ディスカッッションを進行したり、議論を整理して噛み合わせたりするような役目ですが、ここにオンラインならではの要素が加わります。

たとえば、新人のアクセスログを見ながらその存在を確認し、脱落しないようにつかずは離れずで見守ります。その後、だんだんと慣れてきたなと思ったら、参加を促すなどのサポートを行います。そして、自然にコミュニティのメンバーにとけ込めるようにリードするのです。

またリアルに比べて、オンラインではちょっとした言葉のあやで、お互いの勘違いがエスカレートとし、対立が起こる事もありますので、その辺りを気をつけてフォローする事も重要な役割です。

上記は一例ですが、オンライン学習コミュニティはいったんうまく機能しはじめると、リアルの会議よりも、時間をかけて深い議論ができる場にすることができます

そして、冒頭でご紹介した90%の学びを得られる場にすることが十分可能なのです。

●オンライン学習コミュニティの利点

何と言ってもオンライン学習コミュニティが圧倒的に良い点は、記録が残る点です。参加者は理解できない用語が出てきたり、すぐには理解できないような難解なディスカッションになっていたとしても、それらを何度も読み返したり、知らない用語や理論は検索しながら、自分のペースでゆっくり考えれば、確実に理解できます。

またファシリテーターが議論を振り返って総括したり、どの発言が参加者の議論が深まるきっかけになったかを分析して、みんなに提示したりすることもできます。

さらに、議論が全く盛り上がらないときや、コンフリクトが起こったときに、それをデータに基づいて検証する事も可能です。

実際に、社会人大学院のオンライン学習コミュニティなどを運営していると、なぜだか分からない理由で、異常に盛り上がったり、閑古鳥が鳴く事があります。

それらを放置しないで、要因をデータに基づいて徹底的に分析し、講師にフィードバックしながら、次回の授業計画を立てるお手伝いをする事で、前回と同じ失敗をしないよう対策が打てるのです。

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この仮説検証サイクルが回り始めると、その後は繰り返せばくりかえすほど、授業の品質が安定し、さらにアップしていきます。

このようにeラーニングの中でオンライン学習コミュニティを機能させ、講義の価値を何倍にも増幅させ、ソーシャルラーニングが十分行われる場を確実に作るサポートをする事が、eラーニング運営者の責任なのです。

コラムの続きはこちら→ https://www.f-pad.com/onlinecomm4.html


下記のページは参考になります。

正統的周辺参加(LPP)と足場づくり (熊本大学

http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/opencourses/pf/3Block/09/09-1_text.html

▼東大の中原先生のコラム

http://www.nakahara-lab.net/csclidea.html

▼きよみハッチングスさんの記事(シリコンバレー在住ジャーナリスト)

http://www.elc.or.jp/Default.aspx?TabId=61