転職や起業がすっかり日本でも定着してきましたが、もし現在の勤務先が、仕事を通じて充実感を得られるような環境を提供していたら、会社を離れようという人がそんなにたくさんいるでしょうか?
私の周りにも「会社に嫌気がした」「組織に幻滅した」という理由で独立したり、転職する人がかなりいます。
ただよくよく聞いてみると、今でも辞めた会社の「経営理念」は大好きなのです。つまり問題だったのは「マネジメント」なのです。
ちょうど「ロケフリ」など次々開発し、ソニーのカリスマエンジニアと呼ばれた前田氏が、ドキュメンタリー番組でこのような思いを代弁するコメントをされていました。
「SONYがSONYらしくなくなったから、僕は外に出た。だから今でも自分の中にはSONYスピリットがある」
私自身もかつて大切な同志(戦友)が一人、また一人とアンハッピーな状態で会社を去っていくのを見ながら、いつも何とかできないかと思っていました。
そこで一筋の希望を抱き、現場から組織改革を始めたのですが、必然的にそれを快く思わない人々と対立することとなりました。当然ですが、現実はテレビドラマの「半沢直樹」のようには行きませんでしたが、この苦い経験は、組織が陥りやすい問題と、その解決策を考える上で、貴重な経験となりました。
というのも同じような問題を抱えて苦しんでいる会社が多いからです。
拙著「MBA流 チームが勝手に結果を出す仕組み」にこんな一説を書きました。
「ある会社で各部門がタコツボ化し、部門間で情報交換がないのが大きな問題だとしよう。トップはみんなで情報をシェアしろと号令をかけるが、なぜかうまくいかない。号令がかかったときは、みんなしぶしぶやるのだが、3ヶ月も経てば元通りになる(中略)」(P68 *Google Books)
「ウチの会社は社員同士があまり協力しないんだよね」という状態であれば、まずは組織デザインを疑ってみる必要がある。本当は仲良くしたくても、仲良く出来ない理由がある可能性が高い。」(P157)
組織は成長していく段階で、必然的に役割分担が行われます。このプロセスで
「自社はお客さんにどんな価値を提供しているのか」
「お客さんはどんなことに困っているのか」
「自分の作った商品をお客さんは喜んで使ってくれているのか」
といった「商人的感覚」をだんだんと失っていきます。そして、ついにはビジネス全体の絵が見えなくなり、
「自分の与えれた役割だけ果たせばいい」
「その他の事はほっておけばよい」
という錯覚に陥り、階層や部門ごに利害に不一致が起こって「部分最適化」してしまうのです。
部分最適化された企業では、経営と現場がバラバラになり、だんだんと迷走するようになります。
またこのような過程で顧客視点は置き去りにされ、
「掲げている立派な経営理念と、現実に行われている事がまったく違う」
という事態に陥ってしまいます。ひどい場合には経営幹部自ら「経営理念なんて青臭いものは忘れろ」などという自体に陥る場合もあるほどです。(これこそが「ピーターの法則」です)
●組織改革に問題解決アプローチを使う危険性
このような閉塞感の中で、一介のサラリーマンの立場から組織を改革しようとするのは、かなりのリスクがあります。実際に閉塞感のある会社では「言われた事だけやってくれるほうが使いやすい」というのが本音に近いところがあるからです。
「自分がトップだったらどうするか」
と考え、(生意気に)組織改革を提案してくる社員は、往々にして煙たがられます。
長年、企業再生のプロとして活躍した三枝匡氏の名著「V字回復の経営」にこんな下りがあります。
「肥大化した企業では、改革を狙い打つ弾は、前面の敵よりも、しばしば後の味方陣地から飛んでくる。企業戦略の最大の敵は、組織内部の政治性である。自分の体験から得たこの教訓を痛感する状況に、人生の中で何度、遭遇した事だろう。」
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会社トップから直接依頼を受けた経営コンサルタントなら、その庇護の元で一気に改革を押し進める事が可能ですが、何の後ろ盾もない一般社員が同じアプローチを取ると、ほどなく”反乱分子”のレッテルを貼られ、足下をすくわれる危険性が高くなります。なぜなら、組織改革において最も困難なハードルの一つは
「問題が(本当に)問題である事について合意を取る」
ことだからです。
戦略系の経営コンサルタントが使うような「問題型解決型アプローチ(手法)」をつかって組織の原因を特定しようとすると、多くの場合、犯人探しになります。その「犯人」であると特定されてはたまらんとばかり、改革の動きは現状を肯定する勢力によって封じ込められるのが常です。
言って見れば、
社長のサポートを得ずに組織改革を進めるのは、水戸黄門が「印籠」を持たないで、悪代官と戦うのと同じなのです。
もちろん問題解決型アプローチがダメだと言っている訳ではありません。
市場やライバルなどの外部要因の分析には絶大な力を発揮しますが、組織内部の複雑に利害関係が絡み合う問題解決に使うには、あまりにリスクが高いのです。
実は、多くの場合、経営幹部自身もマネジメントに問題があるのは十分承知しているのですが、具体的にどうしていいのか分からないのが実際です。
悪い意味での「和」(=悪循環)が保たれている組織において、良い「和」(=好循環)を作り出すには、経営幹部が「どうぞ改革を進めてください」と言われるようなアプローチを取らない限り、現場からの改革は実質不可能です。
どちらにしても、組織の停滞(老化)は「慣性の法則」ともいうべきもので避けられない現象です。(詳細は「組織成長の5段階」をご覧ください。特に「第3段階」「第4段階」がキーです。)
この組織の停滞に最も大きな原因となっているのは、
「経営哲学の形骸化」と「評価システムの不備」
の2つです。特に評価システムについては、部門の業績ごとに評価が決まり、他部門がお互いにライバルのような関係になっているのであれば、それを変えずに「協力しろ」という方が土台無理な話なのです。アクセルを踏みながらサイドブレーキを引いているような状態なのですから。
逆に言えば、この「部分最適化」状態は部門ごとに分断されている評価システムを変えれば一変します。
言い換えれば「各部門が相互協力する事で初めて、経営理念でかかげている本来の目的が達成できるようにする」だけでいいのです。
なーんだ、そんな簡単な事か、と思うかも知れません。そうです。そんな簡単な事なのです。でも実際はそこに気づける人は多くいません。(といいつつ私自身も、この事に気づかずに社内でもがいていた一人であり、社内飲み会などでモチベーションを上げればなんとかなると思っていた甘ちゃんでした。)
ではそのための具体的な方法にはどんなものがあるのでしょうか?
例えば、各事業部をあたかも一つの商店に見立てる「アメーバ経営」や、ゴールドラット著「ザ・ゴール」シリーズに書かれているTOC手法などがあります。
どちらにしても、タコツボしてしまった組織を変えるには
本来の経営理念に従って、経営陣も含めた全員の評価システムを変更すること
が最終ゴールとなります。スローガンだけでは絶対に変わりません。また人を変えても変わりません。
悪いのは「人」ではなく、人を病んだ行動に駆り立てている経営システムであり、それを新しいマネジメントコントロールシステムに変えなければならないのです。
そして現場から会社全体に影響を及ぼすには、まずは抵抗を受けないレベルで自分の担当部署から徐々にシステムを変えて圧倒的な成果を上げることです。
そしてその実績をベースにして、しかるべきタイミングにトップに提案を上げるのが正攻法と言えるでしょう。
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