大人の考える技術

若林計志が経営・MBAのフレームワークやマネジメント理論を応用しながら、ビジネス・社会問題を考察します

グーグルの20%ルール成功の条件(マネジメントコントロールの視点)

グーグル(google)には主にエンジニアを対象にして「業務時間の20%は自分の好きなプロジェクトに使っていい」という有名な”20%ルール”があります。

実際にこのルールから、GmailGoogle News,YouTube for Goodなど多くのサービスが登場しており、グーグルのイノベーションの象徴のような存在になっています。

ここで重要なのは、好きに時間を「使っていい」のではなく「使わなければならない」という実質的に”義務”になっていること。

グーグルは社内で社員の20%ルールに基づく活動を積極的に支援しています。

例えば、社内のいろいろなツールを使って、効率的にプロジェクトを進める事ができるようになっており、それを積極的に会社が後押ししているのです。

ポストイットなどで有名な3Mにも「15%ルール」(勤務時間の15%を自分の好きな研究に使ってもよい)など、いろいろとありますが、その成功の鍵は「義務化」だと私は思っています。


▼義務化がキモ

義務にせず「好きに時間を使っても、使わなくてもいいよ」という任意のルールになっていると、みんなデイリーの業務に忙殺されて、結局使わなくなるのは目に見えています。

上司も上司で、使っても使わなくてもいいなら、部下には山積した目の前の仕事をさせたくなりますね。

なぜなら、単純に言って生産性が20%落ちるという事を意味するからです。

特に人事評価が年間売上や特許出願数など具体的な数字で行われるのであれば、部下の時間を「うまくいくかいかないのか分からないプロジェクト」に使わせるよりは、確実に20%をとれる仕事をさせたくなるのが普通です。

これは「行動ファイナンス」でいう「損失回避バイアス」です。

通常、人は同額の利益よりも同額の損失により大きな心理的負荷を感じるので、手堅い方を選ぶのです。

だからこそ会社として「義務化」しているのがポイントなのです。(そうしないと形骸化するのは必死です)


▼安易なマネは失敗を招く

この辺りのロジックをきちんとおさえずに、

「ウチもグーグルみたいに、20%ルールをやろう」

という話になり、本質を理解しないで中途半端なルールを導入し、失敗している事例がそこら中にゴロゴロしています。

だからこそ「どうすればうまく行くのか」を深いレベルできちんと理解しなければならないのです。

社員を20%(1週間のうち丸々1日!)を「お金になるのか、ならないのか分からない仕事」に従事させるのは、極めて大きな経営判断です。

最悪の場合「会社の利益が20%ダウンしてもいい」ぐらいの腹をくくらないと、うまく行くはずはありません

その覚悟もなしに導入すると、現場の社員は現行業務の上に、さらに20%の新しい仕事を振られることになり、総業務量が120%になってしまいます。(実際120%のノルマをこなすためにサービス残業や休日出勤を強いられるケースもあります。)

グーグルがイノベーティブなのは、元々の社員の素材の良さもありますが、正しいルールを設定する事=マネジメントコントロールでいう「環境コントロール」がしっかりしているからなのです。


また、もう一つのキーポイントは「イノベーション」の価値をどう社内で認識するかです。

というものもイノベーションって、出てきたばかりのときには

「なんだ、それ」

「そんなもん金になるのか?」

などとさんざん叩かれて、価値が認められないことがほとんどだからです(だからこそイノベーションなのですが)。ヘルシア緑茶でも、ウコンの力でも、社内でアイデアが出てきたときにはほぼ全面否定され、現場が半ば強行突破する形で売り出した結果、大ヒットしたという話です。

これが社長のレベルでも話は同じです。ヤマト運輸で小倉社長が「個人向け宅配便をやろう」と言ったとき、役員は全員反対しました。それを押し切って進んだからこそ現在の「クロネコヤマト」になったのです。

このようにイノベーションの芽はほとんどの場合、初期段階でつぶされます。

MBAでは「イノベーションマネジメント」という科目で学ぶのですが、価値が分からない未知のアイデアをいかにつぶさないかが、結構ミソなのです

Googleでは、アイデアの良し悪しを、経営サイドが判断するのではなく、カリスマエンジニアを含めた社員でワイワイ議論して決めるという話を聞いた事がありますが、もし画期的なアイデアが理不尽な理由でつぶされたら、もう2度と会社のためにアイデアを提供しようと思わなくなるでしょう。


さらに、

「20%の自由時間を社員に与えたら、社員がクリエイティブになって、自動的に新規事業がどんどんでてくる」

という単純なものではありません。

同社では「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」というミッションがきちんと共有されているからこそ、この「20%ルール」が機能するのです。

このように全体最適を考えて新しいルールを導入する事がマネジメントには必須の条件なのです。


追記

最近のネット配信記事によると「グーグルの20%ルール」は社内でだんだんと無くなりつつあるようです。

Googleの20%ルールは死んだも同然」(出典:Slashdot

Google engineers insist 20% time is not dead—it’s just turned into 120% time」(Quartz)

Googleも含め、ほとんどの会社が成長の過程でこの方向に行かざるを得ない力学が働くのです。(グレイナーの成長モデル「第3段階」を参照)。