失敗をどう活かすかという「失敗学」の研究で知られる工学院大学の畑中洋太郎教授によれば、失敗事例を共有するために企業内で使われるデータベースには、通常
「原因」「結果」「対策」
の3つしか記録されません。
例えば、新型コピー機の商談で失敗したとすれば、
「原因」は取引先の予算カットで、
「結果」はコピー機導入の見送り、
「対策」は、景気が良くなって先方の予算が下りるのを待つ
という情報しか書かれないのです。それらは客観的に正しい情報ですが、第三者がそれを読んでも、書かれていること以上の事は分かりません。
そして、そんな無味乾燥な情報は誰の役にも立ちませんし、そのうち誰も使わなくなります。これが社内ナレッジマネジメントシステムを導入して失敗する典型的パターンです。
畑中教授によれば、この失敗情報に少しでも「背景」や「よもやま話」「後日談」を付け加えて記録すれば、多くのヒントが得られるようなデータベースに生まれ変わると言います。
たとえば、付き合いの長い会社であれば、コピー機導入見送りの「背景」には、購入担当者の人事異動が影響している事を、あとでこっそり教えて教えてもらうかも知れません。
「よもやま話」や「後日談」として、ライバル会社の巧みなコピー機販売手法や、裏話を聞く事があるかも知れません。
そのような情報をデータベースに書き込むような仕組みにすれば、乾いたデータは、知恵を含んだ「インテリジェンス」に変わります。
実はこういうちょっとしたエピソードの交換は、飲み会の場や、タバコ部屋などで無意識に行われているのですが、「データベーベース」などという仰々しい形にしてしまうと
「ちゃんとした事だけを書こう」
とか、後で
「あそこに書いてある事は間違っていたじゃないか」
とてつっこまれる事を恐れ、
みんな構えてしまう。だから、ネット上のナレッジマネジメントはなかなかうまく行かないんですね。
Eラーニングも似たところがあって、個人的におしゃべりすると無茶苦茶面白い先生でも、講義用にカメラの前でしゃべるとなると、とたんに面白さが半減ということがよく起こります。
こういう問題を解決する方法がない訳ではありません。
毎日、ちょっとした失敗談や、嬉しかった事、悲しかったエピソードが交換されているツイッターやブログ、フェースブックをヒントに、会社のデータベースも生き生きした「物語」を交換するプラットフォームに作り替えればいいのです。
「顧客名」「訪問日」「売上高」などを項目別に入力していくリレーショナルデータベースという形式に対して、
IFX(インデックスファブリック)という新技術が研究されており、それが実現すれば、項目別のデータ入力方法は不要になると言われています。(アライアンスフォーラムの原丈人さんがよく紹介されています)
社員にツイッターやブログを書くような感覚でいろいろなエピソードを書き込んでもらえば、後は「うまく値引き交渉する方法を教えて欲しい」と入力すれだけで、システム側がうまくまとめで表示してくれるようになるのです。
もしこれが実現すれば、まさに飲み会の場で情報交換のに近いことがデータベース上で可能になってくるでしょう。
そこまで極端に行かなくても、最近の社内SNSサービスは、かなり近いサービスを実装しています。(まだまだデータベースにはほど遠いですが。)
通常それぞれの世界で活躍する人は、信頼できる人が集まって、物語を交換する自分だけのコミュニティを持っています。音楽をやっている人は,気の合う仲間と語り合う音楽コミュニティを持ち、介護士なら現場の悩みを相談しあう介護コミュニティ、武道なら武道、囲碁なら囲碁、芸者なら芸者のコミュニティを持っています。
このような自分が何らかの実践をそて得た経験を「物語」を共有する場として「実践コミュニティ(Communities of Practice)」を持てるか、困ったときに相談できるネットワークを持てるかが、個人にとっても企業にとっても力になります。
そのような場がデータベース上で実現するのも遠い未来ではないのです。