大人の考える技術

若林計志が経営・MBAのフレームワークやマネジメント理論を応用しながら、ビジネス・社会問題を考察します

マネジメントコントロール(MC)の歴史と発展

戦略を実行に落とし込むための「マネジメントコントロール」という学術研究分野があります。

 

この世界の重鎮と言えば、ハーバードビジネススクールで長年教鞭をとったロバート・アンソニー(Robert Anthony)です。アンソニー教授は2006年に逝去されており、同僚で同大学教授のハーリンジャーとマクファーソンは下記のように語っています。

“Bob Anthony took a field that was something that only accountants did and transformed it into one that informed top mangers in the planning and control of their organizations,” said former student and colleague Regina E. Herzlinger, the Nancy R. McPherson Professor of Business Administration at HBS. (ハーバード大HPより)

www.harbus.org

要約すれば会計寄りだったマネジメントコントロール(MC)の概念を、トップマネジメントに役立つマネジメントツールとして展開したのがアンソニー教授だったということです。

 

同じハーバードでは現在ロバート・サイモンズ(Robert Simons)が看板教授としてMCを教えており、邦訳も3冊出ています。

 

また1978-90年にバーバードビジネススクールで教鞭をとり、現在は南カリフォルニア大学(USC)でマネジメントコントロールを教えているのがケネス・マーチャント(Kenneth Merchant)教授です。

 

Management Control Systems: Performance Measurement, Evaluation and Incentives (Financial Times (Prentice Hall))

Management Control Systems: Performance Measurement, Evaluation and Incentives (Financial Times (Prentice Hall))

 

 

マーチャントは著書「Management Control Systems」の中で、主なマネジメントコントロール手法を

 

「行動コントロール」(Action Control)
「結果コントロール」(Result Control)
「環境コントロール」(Personnel and Cultural Controls)

 

に分類しており、MCを非常にシンプルに理解できるようになっています。(拙著「MBA式 チームが勝手に結果を出す仕組み」はこのマーチャントの解説をベースにしています。)

MBA流 チームが勝手に結果を出す仕組み (PHPビジネス新書)

MBA流 チームが勝手に結果を出す仕組み (PHPビジネス新書)

 

 

私の研修では、ハーバードの「テッセイ」のケースを使用することがあるのですが、”7分間の奇跡”を起こした同社の改革をマネジメントコントロールの3つの視点から分析すると実に奥深いものがあります。またリーダーシップについても示唆に富みます。

 

 

また3つのコントロールの中で「結果コントロール」の主な手法は、戦略の実現に貢献する指標(KPIといいます)を設定して、組織をマネジメントすることですが、このKPIの設定方法およびKPI間のバランスの取り方にフォーカスしたのが

 

「バランスト・スコア・カード(Balanced Score Card / BSC)」

 

です。

BSCで特徴的なのは、財務指標以外に、非財務指標もKPIに入れていること(下記)であり、「戦略マップ」という因果関係図を入れている点です。

 

戦略マップを入れている理由は、KPIが相互にどう関連しているかをビジュアル化(見える化)して見極めるためです。

 

<BSC 4つの指標>
ファイナンス
・顧客
・組織内部
イノベーション&学習

 

BSCに基づくKPIの具体例として、米シアーズでは、従業員の勤務態度という非財務指標を10つのKPIで管理することにしたところ、5%の改善つき、顧客満足度が1.3%向上、収益は1.5%向上するという因果関係を発見しています。(The Employee-Customer-Profit Chain at Sears, 1998 Harvard Business Review)

 

このような「パフォーマンス測定」に有用なBSCを考えだしたのは、アンソニー教授と同じハーバード大学の教授であるキャプラン(Robert S. Kaplan)であり、コンサル会社社長のノートン氏です。

 

マネジメントコントロールを取り巻くハーバード大学プロフェッサーの大部分は多かれ少なかれアンソニー教授の薫陶を受けた弟子たちであり、それぞれアンソニー教授の理論を独自に発展させています。

 

BSCの最初の論文が出てきたのは1992年で、書籍として発表されたのは1996年です。BSCはそれ以降もいろいろな進化を遂げています。

 

ただしマネジメントコントロールの全体像を把握するには、やはり原点であるマネジメントコントロール(システムズ)を一度お読みになるのがベストです。


日本ではこの分野の専門を専門に研究されている研究者は多くありませんが、一橋大学名誉教授の伊丹敬之先生が「マネジメントコントロールの理論」(1986)を出版されているのを始め、慶応義塾大学ビジネススクール(KBS)の山根節教授なども有名です。

 

また慶応の横田・金子氏による「マネジメントコントロール」も色々な事例を知る上で良書です。

 

マネジメント・コントロール -- 8つのケースから考える人と企業経営の方向性

マネジメント・コントロール -- 8つのケースから考える人と企業経営の方向性

 

 
BSCの非財務指標は、「ナンバーワン企業の法則」(M.トレーシー&F.ウィアセーマ)で表された組織のおける3つの趣向の違い(下記)に影響を受けていることが知られています。

 

・「製品イノベーション型」
・「カスタマーリレーションシップマネジメント型」
・「インフラ管理型」

 

ナンバーワン企業の法則―勝者が選んだポジショニング (日経ビジネス人文庫)

ナンバーワン企業の法則―勝者が選んだポジショニング (日経ビジネス人文庫)

 

 

上記を言い換えれば、会社には「とにかく世界を変えるイノベーティブな製品を作りたい」と思っている人と「徹底的に顧客のニーズにあった製品で作りたい」と思っている人と「とにかく効率よく製品を市場に出してキャッシュをどんどん稼ぎたい(イノベーションなど非効率だし、顧客に合わせていると効率が落ちる)」

と思っている人が存在しているのです。

 

そして、この3つ力は組織論に展開されていくことになります。

 

世界的ベストセラー「ザ・ゴール」で有名になったTOC(制約理論)で、組織改革の手順として「ODSC」という目標設定の方法があります。

 

*OはObjectives (目的)

DはDeliverables (成果物)

SCは Success Criteria(成功基準) 

 

ゴールドラットコンサルティング日本代表の岸良裕司氏の著書「全体最適の問題解決入門」によれば、Objectives設定のコツとしてBSCで採用されている4つの指標(ファイナンス/顧客/組織内部/イノベーション&学習)に「社会貢献」を加えた5つを提唱しています。

 

全体最適の問題解決入門―「木を見て森も見る」思考プロセスを身につけよう!

全体最適の問題解決入門―「木を見て森も見る」思考プロセスを身につけよう!

 

 

このようにマネジメントコントロールは、独自の発展を遂げ、多くの分野に活用されています。

 

蛇足:昔、私はUniversity of Southern California (USC/南カリフォルニア大学)のEラーニング事務局をスタッフをしていた事があり、USCのマーチャント教授の理論をベースに、自分でマネジメントコントロールの解説本を書いた事に不思議なご縁を感じています。

また「企業成長段階説」も興味がある学術研究なのですが、その著者であるグレイナー博士も、現在USCでご活躍されています。これもご縁かも知れません。

 

flowone.hatenablog.com