eラーニングアワード2016で、今回一番印象に残ったのは「ブレンディング学習(リアル×Eラーニング)の進化」でした。
これまでいわゆる「研修」と「eラーニング」は違うもの、もしくは対立概念として捉えられることも多かったのですが、それがここにきて急激に融合してきました。
その要因は大きく2つあります。
1)研修にセンサーなどが簡単に導入できるようになった
これまでの研修の世界は、講師が参加者(教室)の空気を機敏に読みながら、臨機応変に進めるのが一般的でしたが、ウェアラブル端末で学習者のライフログをとったり、集中力を測れるJINSのメガネ(MEME)にようなIoTデバイスが気軽に利用できる環境になってきました。
jins-meme.com
これは「新しい眼」を手に入れつつあるということです。
たとえば、これまで(現在)は、実施した研修を振り返ってPDCAサイクルを回そうとする際、講師が特に印象に残っているところを中心に改訂作業をしたり、受講生のアンケート結果を分析するぐらいしか手がありませんでした。
ところが、今後は「講義の内容(フロー)」と「受講生の時間別集中力データ」を突き合わせて
「32分目の4Cを説明しているパートでは、81%の参加者が集中できていないので、内容を改善した方が良い」
といったことがデータをベースに検証できるにようになってきています。
この辺りは、日立がマイクロセンサーを使って、社員のライフログを取り、そのビッグデータからオフィスの生産性をアップさせる手法を研究している「データの見えざる手」で語られる世界観や、
ソフトバンクの孫さんが、ビッグデータ、AI、ネットワーク、IoTなどによって到来する「シンギュラリティ」の時代に向けて、その「眼」となるARMを買収し、布石を打っているのと同じです。
今日の生物の多様化は、5億5千万年前におこった「カンブリア爆発」と呼ばれる時期に集中して起こっていますが、その要因は生物がはじめて「眼」を手に入れたからであるという有力な仮説があります。
この「カンブリア爆発」が 教育テクノロジーの部分で急激に起こっているのです。
2)学習プロセスを統合して管理できるようになった
学習理論では、社会人の学びはおよそ「70:20:10」割合で構成されていると言われています。
70%は、実際の経験(OJT)を通じた学び
20%は、周りの人からのフィードバックや観察による学び
10%は、講義など正式なトレーニングを通じた学び
ただ、これまでの研修は、どうしても10%の部分しか管理できませんでした。
したがって、研修の効果を測る指標としてよく知られているカーク・パトリックが提唱した評価モデルの1、2ぐらいしか実際にはデータが取れませんでした。
・レベル1:Reaction(反応)
受講直後のアンケート調査などによる学習者の研修に対する満足度の評価
・レベル2:Learning(学習)
筆記試験やレポート等による学習者の学習到達度の評価
・レベル3:Behavior(行動)
学習者自身へのインタビューや他者評価による行動変容の評価
・レベル4:Results(業績)
研修受講による学習者や職場の業績向上度合いの評価
カークパトリックの4段階評価法 | 日本イーラーニングコンソシアム
ところが、これが学習ログがデータ化により統合的に管理できるようになってきたのです。
例えば、事前にeラーニングを受講してもらい、反転学習的にリアル研修を受けてもらった後に、事前学習のパフォーマンス(かけた時間、クイズの成績、発言など)と、研修でのパフォーマンスを突き合わせて、容易に比較/相関分析できるようになっています。
実際、今回のイベントの発表では、「事前にeラーニングをちゃんと受講した受講生の方が、リアル研修でのパフォーマンスが最大3倍以上高い」というプレゼンもありました。
また
「人は時間が経過するとどれぐらい忘れるか」
を証明したエビングハウスの忘却曲線という有名な実験がありますが、これもスマホなどによる、研修後の学習フォローアップなどで、定性的に測ることができるようになっています。(したがって、どれぐらいの頻度でフォローアップのリマインドをすれば、確実に記憶に定着させられるかを科学的に検証できるのです。)
忘却曲線 - Wikipedia
さらに企業が社員の能力を管理するために導入している人事管理システム「=TMS( Talent Management System)」と、研修やeラーニングの学習履歴を蓄積したデータベース(LRS/Learning Record Store)をつなぎ込んで統合し、
「この研修と、この仕事の成果は0.79の相関性がある」
ということを具体的に検証できる環境もできてきています。
学習者のインフォーマルラーニング(職場での上司や同僚などとのちょっとした会話も含む非公式な学習)も、定性的データが取れるようになってきているので、おそらく近い将来、上記の「70%、20%、10%の学習」の全てを一気通貫で管理できるようになるはずです。
現状では、まだまだセンサーから取れるデータのはゴミ(ノイズ)も多く、各プラットフォームの連携性がそれほどよくないので、しばらく時間がかかりそうです。
しかしxAPI(TinCan API)といった学習データを記録する標準フォーマットのようなものが世界的に普及して来ているので、統合&実装は時間の問題です。
AIが分析データをもとに学習者に個別のアドバイスやフィードバックを出したりするような取り組みは、部分的ですがすでに始まっています。
近い将来、講師役自体をロボットやVR/AR上のキャラが務め、参加者の個別データを事前に把握し、ライフログや表情認識をリアルタイムでチェックしながらアダプティブにトーク内容を変化させるスーパー講師が出てくるでしょう。
もちろん、一足飛びに生身の講師をアービトラージすると言うよりは、アシスタントに近い役割になると思いますが。
また以前に自分のレジュメ(CV)をベースに、あなたが学習すべきeラーニングコンテンツを自動的にレコメンドしてくれる転職サイト「LinkedIn」が始めた
「リンクトインラーニング」
をご紹介しましたが、この世界観が、社内外、大学などあらゆるところで広がってくることになりそうです。
映画「マトリックス」で主人公のネオが、必要な知識(格闘スキルや操縦スキル)をクラウドからダウンロードし、数秒で身につけるシーンがありますが、本当にあれに近い世界が実現しそうです。